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質問

QNo.4006797 アカデミー作品賞は権威のある賞なのか?
質問者:noname#62691 アカデミー作品賞をとるのは難しいのでしょうか?
また、アカデミー賞をとることによってどのくらいの値打ちがあるのでしょう?
医者とか弁護士が最初に資格をとるのと比較してみてどのくらい難しいの?
審査員にはユダヤ人が圧倒的に多いとかどこかのレビューサイトに書いてありましたが、作品に対する評価が片ってしまうように思うのですが?
困り度:
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質問投稿日時:
08/05/08 15:46
この質問に対する回答は締め切られました。

回答良回答20pt

ANo.4 権威、というのをどう考えるか?にもよると思うのですが。

そもそもアカデミー賞とは
アメリカの映画産業従事者の団体であるAMPASによって
アメリカ映画界(の健全な発展)に貢献したものを選出、表彰するもので
極論すればハリウッドの業界内の表彰式です。

医者とか弁護士の資格とはかなり趣旨が違うと思いますし
審査員にユダヤ人が多いのも
基本的にハリウッドの業界関係者による編成であるがゆえの結果論であり
少なくとも視聴者(消費者)からみて
公平な評価を目指したものではない、ということです。
(何をもって公平か?という難しい問題はさておき)

値打ちについてですが
それはおそらくアカデミー賞で考えるよりも
ハリウッドで考えるべきではないかと思います。

アカデミー賞は、実はカンヌやベルリンをはじめとする
FIAPF公認の国際映画祭に含まれてないのですが
それでも知名度で言えばアカデミー賞の方が上だと思います。

実際、知名度故にマーケットへの影響力は国際映画祭の各賞以上に大きく
受賞結果が各国の興行成績に多大な影響を与えています。
詰まるところハリウッドがいまだ映画産業の中心的存在なので
付随してアカデミー賞の影響力も大きい、ということなのではないでしょうか。

また、アカデミー賞を取れば
少なくともハリウッドでの仕事は俄然有利になり
結果、世界的な知名度につながります。
回答者:CUE009
種類:回答
どんな人:一般人
自信:参考意見
回答日時:
08/05/09 17:00
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回答

ANo.3  アカデミー賞は年に1作品だけです(同時受賞はあるかも)。
 毎年多数の人が世界中で資格を取得している医師や弁護士と比較するレベルではないでしょう。

 賞の値打ちは取った当人にしか判りませんし、その作品がどれだけ良い作品かは観る人間によって様々だと思います。少なくとも宣伝文句にはなります。

 全ての賞(ノーベル賞も含め)は限られた審査員によって(その数は様々でも)選ばれます。特に芸術については主観が大きなウェイトを占めるものですから、誰が審査しようともそれなりのバイアスがかかることは避けられません。
 特にユダヤ人は芸術の各分野で多数活躍していますから、特に集中させなくてもある程度の割合にはなってくると思います。
回答者:m-tahara
種類:アドバイス
どんな人:一般人
自信:参考意見
回答日時:
08/05/08 19:14
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回答

ANo.2 追記

「アカデミー作品賞」というのは、極論して言えば、
学問における「ノーベル賞」に匹敵するくらい
に考えても過言ではないと思います。
(各種 世界的映画祭の中でも、頂点に位置づけられる
くらいですから)
「アカデミー作品賞」を受賞すると、それに関わった
映画人(監督、俳優 等)に次期作品への仕事のオファー
がかかりやすい。一例では、監督が次期作品を作りたいと
思ったら製作資金が集まりやすい(協力姿勢を申し出る
大会社が集まりやすい)。

ハリウッド映画界そのものが、ユダヤ資本で成り立っている
言っても過言ではないと思います。その意味で
ハリウッド映画界にユダヤ人が多いのもある意味当然です。
「審査員にはユダヤ人が圧倒的に多い」過去そういう時期
もあったかもしれませんが、最近では、審査委員会を公正な視点で
捉えるオンブズマン制度も機能しているようですから、
昔よりは遥かに公正な視点で審査されていると思われます。
(→審査を多角的な視点で捉える意味でも、審査員の質的幅が
広がってきたとも言えるとおもいます)
回答者:miyanowaki
種類:アドバイス
どんな人:一般人
自信:参考意見
回答日時:
08/05/08 16:52
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回答良回答10pt

ANo.1 学生時代の成績簿を考えてみても、
極端な例ですが、

英数等の「主要科目」は非常に優秀でも、
美術・体育等の「付随科目」は全くダメという
人もいる

逆に
美術・体育等の「付随科目」は非常に優秀でも、
英数等の「主要科目」は全くダメという
人もいる

確率的に言えば、圧倒的に前者の方が
医者・弁護士の資格をとりやすい
(→ある意味、「主要科目」の延長でもあるから)

逆に後者は
美術→芸術的センスが高いわけだから、理屈上は
映画的製作能力も高いとみなされる可能性も高い。
体育→身体能力が高いわけだから、理屈上は
スポーツ選手として活躍できる可能性も高い。

そして、一概には言えませんが、
「主要科目」は、後天的努力の領域が高く、
「付随科目」は、先天的能力の領域が高い。

更に推し進めて考えると(運的要素も加味されますが)
「後天的努力」を推し進めると
医者・弁護士の資格をとれる確率も高くなり、
「先天的能力」に後天的努力が加味されると
アカデミー賞等、芸術部門で評価される
確率も高くなるわけです。

でも、当然のことですが、
「主要科目」が(必ずしも後天的努力ばかりではなく)
先天的能力に影響されるケースも多分にある
(***ex 遺伝子的に優秀な家系)
わけで、医者とか弁護士になるための「先天的能力」
を抜きにして捉えることは妥当とも言い切れないわけです。
(極論ですが、いわゆる「司法試験」の早期合格者の
多くが東大を筆頭とした難関大学出身であることが、
その事を物語っています。)

 逆に、東京芸術大学を首席で卒業しようとも、
有名映画学校を首席で卒業しようとも、必然的に
映画賞で受賞できることとは、結びつくものでは
ないと考えることの方が一般的なのではないでしょうか。

 主要な映画賞を獲得した各映画監督の履歴を一度
ご覧になることをお奨めいたします。
必ずしも、学歴等とは直結していないはずです。

つまり、映画賞等の芸術部門においては「先天的能力」
的要素が強く、「医師・弁護士等の資格試験」とは
質的に根本的に異なり、両者を比較すること自体
邪道とも言えます。
回答者:miyanowaki
種類:アドバイス
どんな人:一般人
自信:参考意見
回答日時:
08/05/08 16:35
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