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質問

QNo.3999516 英文法〜間接疑問と関係代名詞・副詞について
質問者:noname#59057 英語に関しては素人なのですが、生徒と一緒になって英文法の勉強をしていて、だんだん混乱してきたので、教えてください。

ある本に疑問詞が間接疑問文を構成している場合の例として、例えばwhereですが、
I know where he lives. に対して「"どこに"彼が住んでいるか〜」という訳がありました。
一方で、whereには関係副詞の役割もあり「先行詞が省略されることもある」ともあるので、
I know (the place) where he lives. と見れば「彼が住んでいる場所を〜」と間接疑問にとらえなくてもいいように思います。

そう考えると、
Tell me why he went there. にしても the reason を省略された先行詞として考えれば間接疑問と考えなくてもよさそう。
でも、I don't know who he is. は間接疑問??

どうも参考書に間接疑問文というくくりで書かれている文章も、見方によってはただの先行詞の省略の様に見えるのですが、明確な区別はあるんでしょうか?
文の構造も同じですし、間接疑問文という括りが必要ないような印象を受けますが、なぜ参考書では間接疑問文を関係代名詞や関係副詞と分けて説明しているのでしょうか?
また、明確な区別が必要な場合、文章を読んでいくなかでのその判断材料はどこにあるんでしょうか?
例文などを挙げて説明していただけると助かります。
よろしくお願いいたします。
困り度:
  • 困っています
質問投稿日時:
08/05/05 17:10
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回答

ANo.16 No.2のtaked4700です。
No.8でも答えたのですが、削除されてしまいました。

質問者の方が質問文で書かれているように、

>どうも参考書に間接疑問文というくくりで書かれている文章も、見方によってはただの先行詞の省略の様に見えるのですが、明確な区別はあるんでしょうか?
>文の構造も同じですし、間接疑問文という括りが必要ないような印象を受けますが、なぜ参考書では間接疑問文を関係代名詞や関係副詞と分けて説明しているのでしょうか?

という点が問題であったのではないのですか?

そして、それについては、No.2で紹介したURL:​http://oshiete1.goo.ne.jp/qa2246302.html
のNo.3でtaked4700が書いたように、ある文章の目的語の位置に、疑問文が入り込んだものとして、間接疑問文を取り上げるよりは、単なる後置修飾の一種として取り上げた方が、よっぽど理解が簡単です。
つまり、間接疑問文と言う取り上げ方は、少なくとも、学校文法としては意味がないと言うことです。

もちろん、これは、意味として、疑問の意味があると言うことを否定するものではありません。でも、それを、元々疑問文であるものが変形して目的語の位置に入り込んでいると言う説明をする必要はないと言うことです。
回答者:taked4700
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回答日時:
08/05/09 18:03
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回答

ANo.15 ○ 独自の英語へのアプローチをされているGさんには普段から敬意を感じています。「間接疑問文をつくる疑問詞と関係代名詞(副詞)」との違いについての理解の仕方はどうも一致しないようですね。まぁ、これは見解の相違ですから仕方がないのでしょう。どちらかの考えが、またはそこまでのやり取り自体が、質問者の方の参考になれば良いのではないかと思っています。(決して相手を負かすための議論ではないと思っていますので・・・。)

>何十億と言う英語を一言も言えない犠牲者を平然と作っている事に対して、文法知識という分野は別に、これらの事実を間に見ておかしいと感じないのはなぜでしょうか。と言うことにつながってしまうと感じています。

○ さて、Gさんはいつも心の中に、日本の英語教育の問題点という大きなものをお持ちのようですね。私も同じようなことは常々考えています。個人的には、英語教育には大きな2つの目標があるのではないかと思います。1つはGさんが言われる自然な会話を通してNativeと理解しあうこと。もう1つは、会話だけに限定せずに、いろいろな媒体を通して外国の文化や考え方を吸収することです。

○ ところが、実際には、そのどちらも十分に達成されているとは言えません。何故でしょう。その主な原因は文法重視の教え方にあると主張されているGさんに対して、私は少し違った意見を持っています。もちろん、過度な文法中心の指導は必要ありませんが、ある程度の文法は必要でしょう。私は、それよりむしろ、英語を弁勉強する時間が、(会話だけでなく書かれたものを含めて)圧倒的に少ないことにあるのではないかと思っています。

○ 学校で1日1時間、自宅でせいぜい1時間程度の学習で、英語が身につくという考え方に、そもそも無理があるのではないでしょか。「6年間、または10年間英語を勉強したのに話せない。」とこぼしている日本の若者は、本当に必死に英語に取り組んだのでしょうか。

○ 中高6年間勉強しても、せいぜい2400時間(2時間×200日×6年間)にしかなりません。1日16時間で計算すると、たかだか150日(5ヶ月)程度です。連続した半年の留学でも十分とは言えないと思いますが、細切れの半年分の英語の学習で多くのものを得るためには、決して十分ではないでしょう。そのような環境を自覚した上で、それを補うような努力をしたと言える人がどれほどいるのでしょうか。

○ 実際には、英語を使う必要性がなければ、努力にも身が入らないのは仕方がないだろうと思っています。結局、今の日本では、一部の人たちを除いて英語を使う要がないということに問題が帰結してしまいます。では、英語を教える必要はないのでしょうか。

○ もちろん、答えは「否!」ですね。中学・高校で学ぶ英語は、将来本気で英語を身につける可能性のある人にとっては「重要な基礎固め」として、永久に英語を使う必要がない人にとっては「一種の教養」として、その存在意義があるのではないかと思います。そして、その様々な生徒を一律の授業で教えることにも、たぶん問題が潜んでいるのでしょう。

○ このような現状の中で英語教育に携わる人たちができることは、将来「より高い英語の力」を求める人たちにしっかりとした基礎固めをすることではないのでしょうか。ビジネスにおける会話力を必要とする人、難解な文献を読解する力が必要な人、英字新聞で経済や国際関係の記事が読めれば良い人、さまざまなレベルの力を養成するための土台固めこそが、現在の限られた日本の英語教育の環境の中でできることではないでしょうか。

○ 質問の趣旨から逸脱していまったようです。済みません。Gさんからは、今後も大いに啓蒙を受けて参りたいと思っています。必ずしもすべての考え方が一致するわけではないと思いますが、よろしくお願いします。

※ なお、英米でも「indirect question(s)」の概念は、日本と共通のものがありそうです。

http://www.bbc.co.uk/worldservice/learningenglish/radio/specials/14...
回答者:googoo1956
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回答日時:
08/05/09 15:01
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回答

ANo.14 Gです。

さすが、googooさんです。 

【疑問詞と判断すべき場合】 
 ※ ask, inquire, wonder などのような質問・疑問を表す語の後

【状況で判断すべき場合】
 ※ know, see, find, remember, tellなどのような認識・知覚・記憶などをを表す語の後

そういうことなのです。 前にも書いたように、動詞によって変わって来る、と言う事なのですね。

つまり、簡単に言うとaskと言う動詞があるから「疑問系」と言う系統を感じることが出来、文法では疑問詞なんだろうな、と考え始める事が出来るわけです。 これは、やはり多くの英文に接し「参考書の丸覚えではなく実際にみにつけてきた」文法知識で自由自在に解説が出来るようになったのはないかと思います。 それをgoogooさんはその英語力から来る正しい文法力お持ちである、と今回だけではなくほかのご回答からも感じておりました。 

ただ私にはその他に知るべきことがあるのではないか、また、happeyさんへの直接の「思い・考え方」に対しての私なりの回答としては、疑問詞なのか、関係代名詞・関係副詞(先行詞を含まない・必要としないものを含めて)との区別をしなくてはいけないのか、と言う事なのです。

happeyさん、この区別をしなくても文章を理解し、訳せるのですね。 私は、(動詞そのものがヒントになったり、文章の意味合いを感じることで)疑問詞か関係詞かを区別しなくても「出来る」と感じています。 ここの私の言う「訳せるから品詞わけが出来る」のであって「品詞わけが出来るから訳せる」と言うことではない、と言っているのです。

品詞わけをすることで意味合いが分かる、と言うことになると、じゃ、その品詞わけ判断はどうやれば良いのか、と言うことになり、方程式作りを求めてしまう事になるのではないでしょうか。 方程式を知れば簡単だ、と思ってしまう、思わされてきた、と言うことではないでしょうか。 しかし今回のような「品詞わけが自由自在に出来る方程式はない」と思う私です。

しかし、英語を使えるようになりたい人たち(このカテで質問する人たちのほとんどだと思います)にとって、品詞わけをしてから文章の意味を考えると言う作業をしていたら聞き取る・しゃべると言う瞬間的な作業を求める事には逆効果でもあると思うわけです。 日本語を介して聞き取っていくのと同じですね。 しかし、この品詞わけが出来なくても理解できる・できるようになれる、と言う事実がある限り、本当にこの品詞わけは必要なんだろうか、と言う疑問が生まれてくるのは非常に自然であると思います。 takedさんが書かれた問題提議につながっていくわけです。 この品者わけをしなくてはこれらの文章を理解できないと言う人が本当にいるのでしょうか。 いるとしたら、この用語知識ではなく基本となる文法知識がまだ甘い、と言うことに過ぎないのではないでしょうか。 私の勘違い、知識不足と言う事もあると思います。 基本文法の土台が出来ている人でこの品詞わけができないと訳せない、理解できないと言う人が居たらぜひ書いていただきたいと思います。

happeyさんは、本当にこの品詞わけをしなくてはこれらの文章の意味が分からないのでしょうか。 ここまでのお礼などのコメントからすると、その問題はないように思われます。 しかし、疑問詞なの?関係詞なの?と言う判断する、つまり品詞わけを要求されると難しいものを感じる、と言うように私は感じておりますがいかがでしょうか。

あなたが好きです、と言う表現を理解できない日本人はまずいないでしょう。 しかし、この「が」の品詞は? 好きです、の品詞は?と聞かれたら、どれだけの人が「日本語文法用語」を持ち出して説明できると言うのでしょうか。 そして、その人が説明できても、私は、だから?と感じてしまうのです。 なぜならその説明は説明ではなくほかの用語で「言い換えているだけ」の説明が多いと思うからですし、この二つの品詞の名前を言えたからといって日本語表現力の足しになっているのかと言うとなっていない、と私は思います。 なっているのであれば、私こそそのような品詞わけ力をつけるように頑張らないといけない、そうすることによってもっと良い日本語がかけるようになる、と言っているわけですからね。 (皮肉っぽいですね。 ごめんなさい)

どちらにもでも訳せると言う文章からこの回答は始まったわけですが、どちらにでも訳せない文章もあるよ、と言う問題提議が(当然ながら)起こってきたわけですね。 しかしこれはこれで二通りに訳すと日本語的におかしくなる、と言う事は感じ取っているのではないでしょうか。そして、それはそれで日本語として自然な文章に訳していると思います。 つまり、二通りに訳せない事もないけど日本語としてはおかしさが出てきてしまうので一つの訳し方にする、そして、それは出来る、と感じているのではないでしょうか。

#12でのご回答の例文をお借りすると、
(1) I asked Tom 【what】 he wanted as a birthday present. 何が欲しいのか聞いた、と言っているんだと言う事は分かっているのですよね。

そして(2) I gave Tom 【what】 he wanted as a birthday present.は欲しい(欲しかった(had wanted))ものをあげた、と言う事もわかっているのですよね。

分かっているけど、じゃ、このwhatの品詞は?と聞かれたら、それって知る必要があるの?となるのではないか、と思うのですね。

なお、日本の「間接疑問文」の定義とindirect questionの定義とに何かギャップがあるように思えるのですが。(これは私からのgoogooさんへの知識を分けて欲しいところです) indirect questionと言う用語には実はこちらでも???のところがあるのですね。 

つまり、直接聞くタイプの疑問文ではなく、丁寧さを出したちょっと回りくどい疑問文、Please tell me what I need to do?など、を示すとする定義から、I need some help on thisと同僚に言って、Would you help me?の代わりに言う表現方法をindirect questionと広げて定義する人もいます。 ここにこちらのgrammar classでも問題がおきていて、学生が苦労しているわけです。 (国語の時間と同じですね) それこそ、英語の表現には問題のないアメリカの学生が「用語を覚えるためのクラス」としてうんざりするわけです。 

私は、英文法の教授から、「お前の文法知識は満点だ、でも、それは丸覚えの文法であって、使える文法ではない、だから表現力に乏しい。 日本で教える文法とはそういうものなのか。」と目を覚ましてくれたのが40年前であり、今からしてみれば、まだ日本では同じ事をしているのか、と残念で仕方ないのです。

多くの文法知識とは丸覚えしなくても、英語を理解できるようになってから文法を見直すと、より効果的な部分と逆効果的な部分があると言うことが分かってくると思います。 ここに、基本文法の以上のことは後になって自然に分かってくる、と他の回答者がこのカテでおっしゃった事がありますが、非常に的を射たコメントだと思いました。

文法は非常に大切なものです。 文法なしでは英語を身につけることはまず出来ないでしょう。 しかし、日本で教えている文法の中には必要としないものを押し付けられている部分がある、そしてそれがかえって弊害になっている、と思います。

文法「的」には説明できてもおかしな英文を作ったり、まったく間違った理解をしてそれが訳に出てしまっていたり(つまり文章を勘違いしていると言う事です)、作った英文を更に元の日本語訳を表記していかにもその文章がその意味を持っているように説明したり、最近ありましたが意味の通らない英文をおかしくない英文だと解釈したり、しているのを見ると(参考書でもいろいろなサイトでも)日本で教えている文法って実は私が満点を取っていた文法と同じじゃないか、と思うわけです。 そして私がしたように、文法と呼ばれているものを絶対的なものであるとしながら英語そのものの使い方はおかしいものになっているのはなぜなんでしょう。 何十億と言う英語を一言も言えない犠牲者を平然と作っている事に対して、文法知識という分野は別に、これらの事実を間に見ておかしいと感じないのはなぜでしょうか。と言うことにつながってしまうと感じています。

と言うことで、私からの日本語での「間接疑問」をいろいろと投げつけてしまいましたが、このご質問に関して(拡張した部分も含めて)もし私の理解がずれていたら教えてください。
回答者:Ganbatteruyo
種類:回答
どんな人:一般人
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回答日時:
08/05/09 00:31
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回答

ANo.13 > 普通に考えれば、「ここが飛行機が着陸する場所だ」という意味で、「関係副詞」の用法であることが分かります。ここには、「疑問」という概念は存在していないのです。

○ 判断の基準は、まさにここに書いたことです。「疑問」の概念が存在していれば、「(間接疑問文をつくる)疑問詞」であり、「具体的な物(場所・日時・理由)」を表していれば、「関係代名詞(副詞)」と判断することができます。

○ どちらの概念も含まれているような気がするのであれば、「両方とも可である。」と覚えておき、気楽に構えることも必要なのかもしれません。(もっとも、生徒に説明するのであれば、正確な理解が必要だと思いますが・・・。)

○ 確かに、上記のようにいちいち判断するのは面倒です。おそらくNativeたちはそんなことは考えずに瞬間的に判断できるのでしょう。(ひょっとしたら判断する必要すらないのかもしれませんね。)

○ しかし、私たちのような、英語に24時間触れているわけではない外国人の英語学習者にとっては、そのような環境だからこそ、基本的な文法の知識(あくまで基本的なもので良いのですが・・・)と面倒な判断をその都度行うことが必要なのではないでしょうか。そのようなことが必要でなくなることが確かに理想ではあるのでしょうが・・・。
回答者:googoo1956
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回答日時:
08/05/08 14:52
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回答

ANo.12 >明確な区別が必要な場合、文章を読んでいくなかでのその判断材料はどこにあるんでしょうか?

○ 「間接疑問文」という言葉の中にヒントがあるのではないでしょうか。その反対の言葉は「直接疑問文」です。実際に使われるか、または頭の中に存在していた「疑問文」を、第3者に「直接的」に伝えるのではなく「間接的」に伝えるから「間接疑問文(= indirect question)」という名前がついたのです。

○ 次の英文を考えて下さい。中で使われている「what」は、「間接疑問文をつくる疑問詞」と「関係代名詞」のどちらでと解釈しても良いのでしょうか。

 (1) I asked Tom 【what】 he wanted as a birthday present.
 (2) I gave Tom 【what】 he wanted as a birthday present.

○ 答えは「No」ですね。

○ (1)では、話し手の頭の中に「What do you want as ...?」という英文が存在しており、Tomにはその英文をそのまま言ったものと考えられます。そのことを別の人物(聞き手)に伝えようとしているのが(1)の英文です。Tomに直接言った疑問文を、別の人に間接的に伝えるから、(1)の英文の「what ...」の部分を間接疑問文と言うのです。(この考え方が、後で(?)学ぶ話法の書き換えのときに活きてきます。)

○ 一方、(2)の英文では、話し手の頭の中に「What do you want as ...?」という疑問はありません。この英文を発するかなり以前の時点では考えていたかもしれません。(また、Tomが自らこの人に「欲しいもの」を告げたのであれば、疑問の存在の可能性はゼロになります。)まあ、どちらにせよ、少なくとも(2)の行為をする時点においては、話し手の頭の中には疑問は存在していません。したがって、この「what」は「疑問詞」ではなくて「関係代名詞」と考えなければなりません。書きかえれば「the thing which ....」で表すことになります。そこに実際にあった「もの」なのです。

○ おまけに、関係副詞の例も一つだけ紹介しておきます。

 (3) This is where the plane lands.

○ (3)の英文の中の「where」はどちらでしょうか。「間接疑問文をつくる疑問詞」でも「関係副詞」でもどちらでも良いと考える人にこそ、文法の知識が、それも基本的な知識が必要になります。

○ 普通に考えれば、「ここが飛行機が着陸する場所だ」という意味で、「関係副詞」の用法であることが分かります。ここには、「疑問」という概念は存在していないのです。

○ 最後に見分け方を挙げておきます。

【疑問詞と判断すべき場合】 
 ※ ask, inquire, wonder などのような質問・疑問を表す語の後

【状況で判断すべき場合】
 ※ know, see, find, remember, tellなどのような認識・知覚・記憶などをを表す語の後

【関係詞と判断すべき場合】
 ※ 上記以外の場合
 ※ 特に関係代名詞の場合には、do, eat, give, believeなど動作の対象を求めるような動詞の後



○ 参考になりましたでしょうか。
回答者:googoo1956
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回答日時:
08/05/08 14:26
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回答

ANo.11 Gです。

私の提議する問題点は「品詞分類が出来る」か「訳せるか」のどちらが先でどちらが重要性が高いと言えるかと言うことに尽きると思います。

訳せなければ分類が出来ない、となると何のための用語であり、用語を覚える必要があるのか、と言う事です。 この点はまだ解決していないですね。

関係代名詞としか解釈できない場合、疑問詞(間接疑問文)としか解釈できない場合、とあるのは理解で済ます。  しかし、それはどう訳すかで、つまりどう訳したらどちらになるかが分かる、と言うことであり、どちらであるかを品詞わけ出来なければ日本語的に訳せない、と言うではないと思いますよ。

つまりは、訳すため、文章を理解するために役立っているから文法として教えている、と言うことではなく、これらの訳し方を「区別して名前をつけた」と言うことに過ぎないと思えてしまうのですが。

indirect questionとは今回の問題点ではないと思いますよ。 これはあくまでも「疑問文」のことを言います。 I don't know who he is.はindirect questionとは言いません。 日本でこれを関節疑問文と言うのであれば何かが間違いとしかいえないと思いますが。

文章の表現方法を言っているのか、品詞のことを言っているのか、なぜごっちゃ混ぜにしている人たちがいるのか分かりません。

私にとって日本語用語も、そして、英語での用語名も単なる教室だけでの事であると割り切っているつもりですし、用語名を知っているからと言って、特に今回の場合のように、逆効果、時間の無駄、労力の無駄、英語表現力の向上にはなくだっていない、と言うことにきがつけば、じゃ、誰のためにこれらの用語があるんだろうと疑問に思うわけです。

これだけ多くの回答があるにもかかわらずある日本語表現とマッチするには明らかに間違った英語表現に対しては問題点としないのか、それこそ疑問だと思わない人がほとんどなんでしょうかね。 6年間英語を習い、文法用語を並べる事が出来ても、出来ない人もですが、なぜ、ネイティブが首をかしげる英語表現をOKとするのか私には理解できるだけの頭脳はないようです。 #10さんであれば疑問に思っていると思っていましたが。
回答者:Ganbatteruyo
種類:回答
どんな人:一般人
自信:自信あり
回答日時:
08/05/08 13:22
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回答

ANo.10 >英語では「間接疑問文」を「indirect speech」、関係代名詞を「relative pronouns」と呼びます。日本人が勝手に作り出したものではありません。

○ 訂正です。すみません。

 「indirect speech」 → 「indirect question」
回答者:googoo1956
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回答日時:
08/05/08 12:13
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回答

ANo.9 >なぜ参考書では間接疑問文を関係代名詞や関係副詞と分けて説明しているのでしょうか?

○ 間接疑問文と関係代名詞(副詞)を全く同じものだと考えてはいけない場合があるからです。

○ ご指摘のように、どちらか判断しづらい場合があることは事実ですが、どちらか一方の解釈では英文の解釈ができない場合があるからです。

【どちらか紛らわしい場合】

 (1) She knows what she should say.
   (ア)彼女は自分が何をすべきか分かっている。(○)
   (イ)彼女は自分がすべきことが分かっている。(○)
    ※ 状況によってどちらとも解釈できます。
    ※ ただし、(ア)の場合には「what」が強く読まれます。

【関係代名詞としか解釈できない場合】

 (2) There is some truth in what he says.
   (ア)彼が何を言うかには幾分真実がある。(×)
   (イ)彼が言うことには幾分真実がある。(○)
    ※ (ア)のように意味が通じません。
    ※ 疑問詞(間接疑問文)という理解はできません。

【疑問詞(間接疑問文)としか解釈できない場合】

 (3) He asked me what I knew.
   (ア)彼は私が何を知っているか私にたずねた。(○)
   (イ)彼は私が知っていることを私にたずねた。(×)
    ※ (イ)が論理的におかしいことは明らかですね。
    ※ 関係代名詞と理解することはできません。

○ 一部の英文だけをみて単純に「疑問詞(間接疑問文)」と「関係代名詞(副詞)」の働きが同じであると判断することは早計でしょうね。

○ 混同されてはいけない場合があるからこそ、区別をするようになっているのは先人たちの知恵です。ちなみに、英語では「間接疑問文」を「indirect speech」、関係代名詞を「relative pronouns」と呼びます。日本人が勝手に作り出したものではありません。

○ 疑問を持つことは大切なことです。その意味において、質問者の方のお考えは大変貴重なものです。ただし、最終的な判断をする前にできるだけ多くの例文に触れるようにしておくと、より正確な知識が身につくだけでなく、正確な自己表現ができるようになることにもつながるのではないでしょうか。
回答者:googoo1956
種類:回答
どんな人:専門家
自信:参考意見
回答日時:
08/05/08 12:02
この回答への補足「どちらか一方の解釈では英文の解釈ができない場合」というのがおそらく今回の私の一番知りたいところです。
おそらく私の主張は「"間接疑問文"と呼ばれているものは、"関係詞の文の"一種でしかないのではないか」ということになるかと思います。
なので、「これは"間接疑問文"としか解釈のしようがない」という例が欲しいのです。
(数学の専門っぽく、論理の整理してみました。)

そこで提示していただいた(3)He asked me what I knew.なんですが、私自身は「彼は"私の知っていること"について私に尋ねた」と訳しました。
場面設定としては、なにかマニアックな知識を自慢しあうみたいなときに
「とりあえず、まずはお前の知ってることを言ってみろよ」という感じです。
でもこれって「私が何を知っているかを尋ねた」という意味に解釈できますよね?
私の感覚では、この解釈が <論理的におかしい> とは感じないんです。


いろいろな方のいろいろな指摘を見て、どれも納得がいくようで、でも一方では持論が通る様でもあり、さらに混乱している投稿者でした。



※※
ここ数日、「教えてgoo」の管理側に対して不信感を持つような対応のされ方が続いています。
「質問の回答を議論の場にするな」とか、「わからないものをわからないと質問してはいけない」とか。
せっかく時間をかけて回答して深めようと思っても、大して見も考えもせずに削除されるんですよね。(実際にここの回答でも削除されたものがあります)
書いていただいた回答の全てが私にとって意義深いものなのですが、運営に対しての不満から、近日中にIDを抹消するかもしれません。
この質問と回答が残るかどうか分かりませんが、先に皆様にこころからの感謝を。
この回答へのお礼この回答にお礼をつける(質問者のみ)

回答

ANo.7 すいません。追加です。こちらも同じようなものですが。

1) You know where he is.
2) Do you know where he is?
3) Where do you think he is?
回答者:windbass10
種類:アドバイス
どんな人:一般人
自信:参考意見
回答日時:
08/05/07 17:16
この回答への補足んー、、、素人考えで。
1) You know (the man)[who he is]. かなぁ。。。
 「あなたは彼のことを知っている」〜彼が誰なのかを知っていることになると思います。
2) Do you know (the man) [who he is]?
   Do you know <the man>. と he is <the man>. を関係詞で合成したものと取れるのかな?
 「彼のこと知ってる?」〜彼が誰なのかを聞いていることになるのでは?
3) Who do you think he is?
   ←I think [(that) he is ○○]. の○○を問う文なので、
「彼は○○だと思う」→「彼は誰だと思う?」

どのように説明しましょう・・・どうしましょう?
先に英文があって意味を取るだけなら、このまま、この質問の流れどおりに間接疑問なんて言い回しをしないで説明した方が混乱は避けられると思うんですよね。


自分が漠然と抱いている違和感は、おそらく次のとおりです。
 A:「わたし、それ買ってきたとこ知ってるよー」
 B:「わたし、どこでそれ買ってきたか知ってるよー」
この <日本語での> A,Bの発言に対して、「意味的に違う発言だ」と認識する人はおそらくいないとおもいます。
でも、これを <英文法ではあえて区別して> Aは関係詞、Bは間接疑問と名前をつけているんだと思うんですよね。。。
この回答へのお礼この回答にお礼をつける(質問者のみ)

回答

ANo.6 こんにちは。早速ですが質問者の方、間接疑問とは少し離れる所もあると思いますが、質問者の書かれているお考えでは、こちらはどのように説明できるでしょうか。

1) You know who he is.
2) Do you know who he is?
3) Who do you think he is?


次に、生徒の皆さんにはどのように説明しましょう。
回答者:windbass10
種類:アドバイス
どんな人:一般人
自信:参考意見
回答日時:
08/05/07 16:17
この回答へのお礼この回答にお礼をつける(質問者のみ)

回答

ANo.5 Gです。

面白いですね。 日本で「絶対的だと思われてきた文法と呼ばれているのもがどのように間違って使われてきたか暴露した」事になったと思いましたよ。

間接疑問文である、と言うにはどうしたら良いと言うのでしょうか。 文型も同じようにおかしなものであると言うことが暴露したのと同じ道を通って何十年もかかっておのずからおかしいと言うことを日本中に教えたのではないかと思う質問になりましたね。 

分掌の意味が分からなければ文型を判断できない、と言うのと同じように、間接疑問文と「いえる」には文章を理解し、訳してやっとどちらになるか「いえる」と言うことがはっきりしてしまいましたね。

つまり、どこ、なぜ、いつと訳せば間接疑問文になる、そして、それしか「訳せない」のであれば間接疑問文になる、と言うのですよね。 それだったら、何のためにこの用語を作り出したのでしょうか。 

どこ、なぜ、いつ、だれ、場所、理由、時、人と訳せたら両方と言える、と言うのですよね。 何のための用語なんでしょうか。

初学者で訳せない人たち、また、二つの解釈の方の一つしか訳せない人はこの用語名を「いえない」と言うことになりますね。 

文法って文法を知れば英語が理解できるようになると嘘ぶったのは誰なんでしょう。 文章を理解でき、訳せない限り用語名をいえないのであれば、この用語は理解できるようにはまったく貢献していないと言う事ですよね。

つまり、ちゃんと理解できているのであればそれで良いはずですね。 でも、それではダメだよ、その表現方法の名前を知らなくては英語力がないと判断するからね、と言っているだけのことではないでしょうか。

しかし、用語を区別し判断できると言っても、なぜ、ちゃんとした英文がかけないのでしょうか。 文法学者もどきさんたちがそれですね。 そして、自分の言いたいこと、日本語の文章を英語に直す時になぜオアk品英文を作ってしまうほどの英語力がないのに「必要のない分類だけ」出来、それを英語力と呼ぶのでしょうか。

非常に疑問であるし、この事は既に日本ではおかしいぞ、と言い始めてきていますね。 時間はかかったですが、結局はもう既に用語を言えるから、用語を使えるからと言っても英語力とは直接の関係はないと言う事がやっと分かってきた時代になったわけです。

今回のご質問もそれをまた証明したわけです。 

そして、更に、英語の動詞とそれに対する日本語の表現の仕方で、なぜ、どこ、いつとしたら良いのかどうか決まって来ると言う事でもあります。 ただそれだけの事です。 ネイティブとしては、これを疑問文の一種だとは決して思っていませんし、どちらに訳そうと結局は「同じwhen, why, whereを使っている」と言うことになるわけです。 彼らにとって、when-1, when-2と分けてはいないのは文法学者もどの人たちにとって考え付かない事なのでしょう。

そして、それは、実は、今学者もどきごときをやっている人の「責任ではない」のです。 それを押し付け正しい文法知識だと教えた前世代の文法もどきさんたちがしてしまった事なのです。

それを鵜呑みにして正しいと洗脳されるか、今回のようにちょっとした「疑問を感じ」事で、英語表現の本質を知り、本当の意味での英語力向上に一日で限られた時間と労力を効率よく使うことにもなるつながるわけですね。 前は、先生の言った事に対して疑惑を念を持つ事など礼儀に反すると教えられていたわけです。 そして、そんな事をやったらとんでもない事だったわけですし、英語といえば教科書と辞書と参考書しかなかったわけですから先生の言っている事が間違っているなんて考えられなかったわけです。

今では、おかしな英語表現を教えている、おかしな文法もどきを教えている事を知ったネイティブは「頭にきた」わけです。 これに関して日本で本すら出版して抗議しているわけです。 
回答者:Ganbatteruyo
種類:回答
どんな人:一般人
自信:自信あり
回答日時:
08/05/07 12:43
この回答へのお礼この回答にお礼をつける(質問者のみ)

回答

ANo.4 間接疑問文と関係節のどちらにもとれる例だけを挙げて、間接疑問文は不要というのは不思議な論理だと思います。

明らかに間接疑問文である例を調べてみたらいかがでしょうか。

I wonder when he will come.
The question is how we can do it.
etc.
回答者:sceptic
種類:アドバイス
どんな人:一般人
自信:参考意見
回答日時:
08/05/06 22:16
この回答への補足上の文でいうと I wonder (the time) when he will come.
「彼の来る"時間"を〜」と解釈すれば「いつ来るのかを〜」という意味を暗に含みますよね?

下は The question is (the way) how we can do it.
「私たちがそれをする"方法"が」問題なんでしょうから、「どうやってそれをするか」と言わなくても意味は通るように思うわけです。
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回答

ANo.3 アメリカに住んで40年目になりました。 私なりに書いてみますね。

#2さんが、百害あって一理なし、と言うことがお分かりになりましたか?

「"どこに"彼が住んでいるか〜」「彼が住んでいる場所を〜」と本当に違う事を言っていると言うのでしょうか? 本当に「どこに?」と言う疑問形と関係があるとでも言うのでしょうか?

そう思わせるような説明を聞いてきたから日本語の表現を見ても同じだと言うことに気がついていないのではないでしょうか?

なぜ、その訳し方に名前をつける必要があると言うのでしょうか。 普通の文章の訳し方には名前なんて付けませんよね。 なぜ先行詞が省略されている、含んでいる、なんていう事を考えなくてはならないのかそれこそ「疑問」に思わないでしょうか?

>Tell me why he went there. にしても the reason を省略された先行詞として考えれば間接疑問と考えなくてもよさそう。

なぜそこへ言ったのか教えて? そこへいった理由を教えて?と言う訳し方に名前が必要なのですか? この文章は彼はそこへ行った、でもその理由を知りたい、だから教えて、と言っているだけなのです。 そう思いませんか?

>文の構造も同じですし、間接疑問文という括りが必要ないような印象を受けますが、なぜ参考書では間接疑問文を関係代名詞や関係副詞と分けて説明しているのでしょうか?

その理由を知りたいですか? こういう用語を言えば文法を知っているんだと言う事を言いたい人たちがいる、と言うことに過ぎないのです。 それだけの事です。 そしてもっと悪いことに、そんな文法用語を知っていると号嗚するにもかかわらず、その人たちが書く英語の文章はおかしな通じない英文ですし、そして、普通に使われている英文を理解できないと言う最悪(みっともない、と言う事ですが)の知識をさらけ出しているのです。 

使える文章をかけなくて、使われている英文を適切に理解できないでどうやって自分の知っている「文法と彼らが呼んでいる代物」が使い物になると言えるのでしょうか。 そして、それを言っているのを見ると吐き気をもようします。

初学者には鵜呑みされるからおかしな文法もどきを押し続けていているわけです。 学校で6年も英語を習っている、と言いながらそのうちのどれだけの人が6年後に英語を理解し、英語を使えるようになっていると言うのでしょうか。

間違った事を平然と教え、自分ではおかしな英文を書き続けて、すべての中級者以上の人から見たら笑われていると言うことさえ実感している様子を見せないでいることは同じ日本人として恥ずかしいと思います。

>また、明確な区別が必要な場合、文章を読んでいくなかでのその判断材料はどこにあるんでしょうか?

明確な区別が必要な場合ってどんな時なのでしょうか? know/tellと言う動詞を使ったときに本当に区別が必要だと思いますか? 

日本語の表現、いわゆる訳、を読んでみてください。 本当に疑問文の感じを受けますか? 間接疑問文???? この表現自体おかしいと思いませんか?

直接話法と間接話法と言う使い方とはわけが違いますね。 どこに住んでいるのか、と訳すから???? 住んでいるところを、と訳すから???  日本語を知っている人であればこの違いをわざわざ区別して、それに名前をつけ、その名前を覚えるなんて事をすると思いますか? そして、その名前を知っているからと言って日本語を知っているとでも言いたいですか? しかも、日本語を適切に理解できない事を暴露し、適切な誰でもわかる日本語の表現を造ることの出来ない人が、この二つの訳の名前を知らなくてはいけないと言い、知れば日本語が良く分かるようになります、と言ったらその人の日本語力をどう評価しますか? そして、その人の言っている日本語の説明を信用できますか? 

学校文法の弱点を暴露した質問だと思い直接の回答ではないかもしれませんが、これからの英語力向上への道しるべにしていただけたらうれしいです。

#2さんの、
>多分、背景にあるのは、英語を社会を階層化するための道具として使いたいという誰かの意向があり、そのため、いたずらに混乱しやすい説明の仕方をしているのだと思います。

と言うお言葉をしっかり覚えておいてください。 だた、今までにこの様な作られた用語を覚える事で英語力があると思われた時代はありましたが、これからはその機会はどんどん少なくなって来ています。 こんな事覚えなくたって英語はちゃんと判る、と言う人たちがどんどん出てきたからですね。 

参考になりましたでしょうか。 分かりにくいところがありましたらどんどん突っ込んでまた書いてください。
回答者:Ganbatteruyo
種類:回答
どんな人:一般人
自信:自信あり
回答日時:
08/05/06 12:28
この回答への補足非常に参考になりました。
この質問を立てたそもそものきっかけは、人に教える前提で文構造や英文の読み方を勉強しているときに、自分で訳しながら「間接疑問でも関係詞でも本質的には構造も言ってることも同じじゃないの?」と感じたことからです。
でも、参考書や問題集には"間接疑問文"という項目が大々的に載っており、訳し方が違って見えるし、学校でも別項目として教わる。
そこで「強く意識しなければならないほど解釈に本質的な違いのあるものなのか、それとも学問上便宜上の文法用語でしかないのか」で素人なりに悩みました。
どうやら後者の要素の方が強いようですね。

自分の感じた違和感に対して裏付けを与えていただいたようです。
この回答へのお礼この回答にお礼をつける(質問者のみ)

回答

ANo.2 http://oshiete1.goo.ne.jp/qa2246302.html
をご覧になってください。
間接疑問文は、疑問文を変形してなどと説明しないことです。
単に、
I know it. からの発展として、「それって言うのは、ここでは、彼女がケンを好きだと言うことにしよう」と言って、次の文を示す。
I know that she likes Ken.(thatを使うのは、今そこにあることではなく、つまり、現実としてそこにあるのではなく、心の中にあることだと、現実の世界から心の中の世界へ視点を移す働きがある)「僕が知っているのは、と言う>>こと<<だから、know thatと言う語順になっている」と説明。
次に、「彼女が好きな理由を知っているとすると、knowの次には何が来る」と聞き、「理由」と答えさせ、thatをwhy に変える。
以下みんな同じ。

間接疑問文と言う言い方は、ある意味、とても混乱を招くものです。単なる後置修飾と考えた方が、よっぽど簡単で、理解の統一性がとれます。
I bought the book he wrote.
I know the book he wrote.
I know the reason he wrote.

>なぜ参考書では間接疑問文を関係代名詞や関係副詞と分けて説明しているのでしょうか?

多分、最初は、文法学者が、文を分析していき、一定の文脈では、深層構造に疑問文があると言い出したことなのでしょう。ただ、happeyさんが、お気づきのように、間接疑問文と言う文法項目は、英文法学者になろうとしている人ならいざ知らず、普通の学習者には、百害あって一理なしです。多分、そのことは、多くの人たちが気がついているはずですが、全く是正されません。多分、背景にあるのは、英語を社会を階層化するための道具として使いたいという誰かの意向があり、そのため、いたずらに混乱しやすい説明の仕方をしているのだと思います。小学校での英語導入も、現状のプランは、ただ単に、社会の階層化を招くだけですから。
回答者:taked4700
種類:回答
どんな人:一般人
自信:参考意見
回答日時:
08/05/05 19:40
この回答への補足「単なる後置修飾と考えた方が、よっぽど簡単で、理解の統一性がとれます。」という部分に、自分の感じた違和感があながち的外れではないという裏付けをいただいたように思います。
この回答へのお礼この回答にお礼をつける(質問者のみ)

回答

ANo.1 はじめまして。

ご質問1:
<I know (the place) where he lives. と見れば「彼が住んでいる場所を〜」と間接疑問にとらえなくてもいいように思います。>

おっしゃる通りです。

1.Whereは間接疑問文になる疑問詞とも、先行詞the placeを含む関係副詞、とも解釈が可能です。

2.それぞれの訳は「どこに〜するか」(疑問詞)、「〜する場所」(関係詞)となります。

3.どちらも名詞節として動詞knowの目的語になります。


ご質問2:
<Tell me why he went there. にしても the reason を省略された先行詞として考えれば間接疑問と考えなくてもよさそう。>

おっしゃる通りです。

1.Whyは間接疑問文になる疑問詞とも、先行詞the placeを含む関係副詞、とも解釈が可能です。

2.それぞれの訳は「何故〜するか」(疑問詞)、「〜する理由」(関係詞)となります。

3.どちらも名詞節として動詞tellの目的語になります。


ご質問3:
<I don't know who he is. は間接疑問??>

そうです。

1.このwhoは間接疑問文の疑問詞として、補語の働きをしています。

2.この用法では関係詞の働きはありません。

3.名詞節としてknowの目的語になっています。


ご質問4:
<先行詞の省略の様に見えるのですが>

正確には、先行詞が関係詞に含まれている、という解釈です。


ご質問5:
<明確な区別はあるんでしょうか?>

あります。

1.疑問詞であると同時に、関係詞の働きをするのは、その関係詞に先行詞を含む働きのあるもの、に限定されます。

2.その条件に当てはまるのは以下の通りです。

(1)関係副詞:
where=the place where「〜する場所」
why=the reason why「〜する理由」
how=the way how「〜する方法」
when=the time when「〜する時」

(2)関係代名詞:
what=that which「〜するところのもの」

3.これらの関係詞はそれに先行詞になる名詞を含む用法がありますから、先行詞を含む関係詞=名詞節として、主語、目的語、補語などになることができます。
例:

(1)主語になる名詞節:
What I should do is already decided.
(疑問詞の訳)「何をすべきか、は決まっている」
(関係詞の訳)「すべきことは、は決まっている」

(2)補語になる名詞節:
The important thing is how we can arrive there.
(疑問詞の訳)「大切なのは、どうやってそこにたどり着けるかだ」
(関係詞の訳)「すべきことは、そこにたどり着く方法だ」

(3)目的語になる名詞節:
I know when he will come.
(疑問詞の訳)「彼がいつくるか、知っている」
(関係詞の訳)「彼がくる時間を、知っている」

3.一方、以下の関係詞は、先行詞を含む用法がないので、先行詞なしで名詞節になることはできません。
例:
who、whose、whom、which

これらは、疑問詞として間接疑問文になり名詞節の働きをすることはできますが、関係詞になることはできません。

4.但し、これらの用法も、訳出では、先行詞を含む関係詞のように訳出することはできます。あくまで翻訳のテクニックとしてとなります。
例:
I know who is coming here.
(疑問詞の訳)「だれがここに来る予定か、知っている」(O)
(関係詞の役)「ここに来る予定の人を、知っている」(△)

下の訳は便宜上ということで、文法上関係詞、というわけではありません。

5.さらに、これらの関係詞が不定関係詞となって名詞節の働きをすることがあります。不定関係詞では、上記ので先行詞を含む用法のなかった関係詞も、先行詞を含む用法になることがあります。
例:
(1)不定関係副詞:
wherever=any place where「〜するのはどこでも」
however=any way how「〜するのはどんなやり方でも」
whenever=any time when「〜するときはいつでも」

(2)不定関係代名詞:
whatever=anything that「〜するものは何でも」
whoever=anyone who「〜するものは誰でも」
whichever=anything that「〜するものはどちらでも」

(3)これらの不定関係詞は、名詞節として主語、補語、目的語になることができます。


ご質問5:
<なぜ参考書では間接疑問文を関係代名詞や関係副詞と分けて説明しているのでしょうか?>

1.文脈によっては疑問詞/関係詞で解釈した方が分かり易い場合があるからです。

2.その選択は、話し手、書き手の主観に委ねられます。

3.例えば次の例文の場合は、関係詞の訳の方がこなれた訳になります。
例:
What is important is what I do rather than what I am.
(疑問詞の訳)「何が大切かは、私が何であるかよりも、私が何をするかだ」
(関係詞の訳)「大切なことは、地位・身分よりも行動である」


以上ご参考までに。
回答者:Parismadam
種類:回答
どんな人:専門家
自信:自信あり
回答日時:
08/05/05 18:23
この回答への補足非常に参考になりました。

特に私が気にしていたのは質問5<明確な区別は?>に対する解答の
「who,whose,,,は先行詞無しで関係詞になることは出来ないが、<訳としては関係詞のようにもできる>」という部分なんです。
つまり、「文法的な区別として明確に"間接疑問文"なんてものを意識していなくても、関係詞として考えられればほぼ正確に意味は取れる」ということだと思うのです。
そういう意味で、間接疑問文という括り方自体に疑問を持ったわけです。

解説していただいたものを読み返してみて改めて感じたのは、わざわざ"間接疑問"なんていう文法用語を用意しなくても「関係詞として節を作るけど、暗に疑問的な意味合いが含まれている」で説明としては十分ではないかということです。
この回答へのお礼この回答にお礼をつける(質問者のみ)
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