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質問

質問者:awayuki_ch 自然な日本語に添削していただけませんか(菊)。
困り度:
  • 暇なときにでも
 日本語を勉強中の中国人です。日本語で文章を書く能力を伸びたいと思うので、作文の練習をしております。次の作文は自然な日本語に添削していただけませんか。特に、難しいと感じたのは、こそあど系の言葉、過去形と現在形の取捨です。また、質問文に不自然な日本語がありましたら、それも指摘していただければ幸いです。よろしくお願い致します。

 もう数日も立っていたが、その日の情景がいまでもありありと目に浮かぶ。

 この日、バスで帰ることにした。街の景色を見たかったのだ。バスに乗り、ちょうど窓際の席があった。あっ、ラッキー!

「あのう、すみません、席を交換していただけませんか」と後ろから女の子の声が伝わってきた。なんだか私に向かう声だ。窓外の風景をすでに眺め始める私は、後ろを振り向いたら、ある女子学生の照れくさい顔が目に入った。「クラスメートと一緒に座りたいですけど」と、その女子学生は、私の隣のもう一人の学生姿の女の子を見ながら、小さな声で言った。通路側の席でも窓の外が見られるし降りやすいしと思い、「いいですよ」と私は言った。
 
 新しい席につき、私は流れてゆく都会の景色を眺め始めた。まだ肌寒い早春のこの頃。車窓外のネオンの光がちょいとちょいと車内に漏れてきた。ふと視線を取り戻したら、隣の乗客の前の席に何か植物がかけてあることに気づいた。植物の薄いにおいがする。車外の明かりを借り、それは薄い黄色をしている菊だとわかった。まさかこんなところで菊に出会ったとは。

 私の目はすっかりその菊に奪われていた。ひたすらその菊を眺めることになった。花びらが一枚一枚ほんの少し内に曲がり、中央の蘂を一層一層、しっかり包んでいる。私はただここに座っている。その薄い黄色の菊を目の前に。思う存分にその菊のすべてを心の底に、満ち溢れるのに任せた。青い空、緑の野原、きれいな水、澄んだ空気、土の匂い、さらさらの風、ぴかぴかのお日様、朝浴びた露の味までも、そこにある菊が届けてくれた。車窓外から漏れてきた明かりを浴び、その菊の回りに薄い黄色のかさに包まれているような気がする。今夜、月は出ていないが。

 もうすぐバスを降りる。永遠に着かなければよかった! 隣席の人の同意を得て、その美しい一瞬をカメラに収めた。カメラは自動的にフラッシュを使ったのか、スクリーンに出てきた菊は、目に迫ってくる輝かしい黄色の菊だ。暗い中でよく見られないが、私の見たのは薄い黄色の菊ではなく、鮮やかな黄色の菊なのだ。まるで光る束のようだ。その黄色の菊は私に一語もしゃべらなかった。いや、すべてのことを精一杯、私にしゃべった。無言のコミュニケーションを通し、そこにある小さな命がその命なりの「花心」を私に教えてくれた。

 その日、バスで帰ってよかった。女子学生に会ってよかった。通路側の席に座ってよかった。隣席の人から写真を撮る同意を得てよかった。黄色の菊に出会えてよかった。すべてのすべて、ありがとう。
質問投稿日時:08/04/19 23:28
質問番号:3960962
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回答

 

回答者:MockTurtle ANo.15 補足への回答です ( ^^

> 私はAという席に座っています。Dの席のことを表したかったです。
>
> ーー|通 |ーCーD
> ーー|路 |ーAーB

あれれ‥? (@@;
それならば「通路を挟んで」を取って、
「右斜め前の席」(「斜前」(はすまえ)とも言います)
でいいでしょう。通路側に移ったことは文脈上明白なので、斜め前と言えば当然「窓側」ですから、これも省いて大丈夫だと思います。この種の描写は、なるべく回りくどい表現になるのを避けたいものです(注: 位置関係を厳密に伝える必要がある場合は、その限りではありません)。

ただ、この位置関係だと座った状態では前席の背もたれが邪魔になって、A席からD席は見えないのではありませんか? 席交替のため立った際に目に入ったということならば理解できるのですが、awayuki_ch さんの文章では、座った状態で視線を窓外から車内に戻した際に初めて気付いたことになっているので、何だか不自然ですねぇ・・・ ( ^^;

ちなみに、私がこの文章を読んだ時点で想像したのは、次のような状況です(ちなみに空席なしの設定)。

A B|通 |■ ■
■ C|路 |■ 菊

A: 「私」が最初に座っていた席
B: 女学生
C: 後から「私」に声をかけた女学生
菊: 席には菊の持ち主が座っていて、菊は前席の背もたれの裏側に袋に入ってぶら下げられている(鉢植えではなく切花)

つまり、C席の女学生と入れ替わって右斜め後方に移動した結果、通路の反対側の席(の前)にある花が目に入ったと考えました。
ただ、こうして図にしてみて思ったのですが、これだと菊の位置は「通路を挟んで右斜め前の窓側」と言うより、「通路向かいの窓側」でしたね。
種類:アドバイス
どんな人:一般人
自信:参考意見
回答日時:08/05/04 20:27
回答番号:No.20
この回答への補足 お礼が大変遅くなりまして申し訳ありませんでした。
この回答へのお礼 何度もありがとうございます。MockTurtleさんの位置関係図を拝見しました。ただ、このような位置関係だと、菊のかおりが強くないので、私のような嗅覚の鋭くない人間は嗅げないのではないかと思います^^。ご説明ありがとうございました。

回答

 

回答者:shigure136 awayuki_ch さん こんにちは。
「これ」「それ」「あれ」は、awyuki_ch さんがお書きになっている通りで、話し手からの距離感を基準に使われるのですが、主に、物体として目で確認できる物を指すときに当てはまるものなのではないかと思います。
「この」本を見てごらん。
⇒話し手の目の前に置いてある本
「その」本を見てごらん。
⇒話し手の傍ではなく、相手の近くに置いてある本
「あの」本を見てみよう。
⇒両者の近くには置いてないけど、二人とも、どの本のことを指しているのか判っている。
これは「こ」「そ」「あ」の代表的な使われ方だと思います。
しかし、「あれ」「あの」などが常に二人の間で「暗黙の了解」があるとは限らないのです。
例えば、「あれをどうぞ」と言った場合
⇒たしかに、「あれ」話し手の傍にはなく、聞き手の傍にもなく、二人から離れたところにおいてある物を指し示しています。
⇒ところが、二人から離れたところにおいてあるものが一つだけだった場合は問題がないのですが、複数のものがおいてある場合、「あれをどうぞ」と言われても聞き手はどれを手にして良いのか判らないのです。
「あれってどれ?」という質問が返ってくることになります。
この場合、「あれ」は、自分たちの傍にあるものではないというだけで、二人の間に「暗黙の了解」のあった「もの」を指しているのではないことが判ります。

また、いつもこのように話し手からの距離とか、聞き手との距離によって使い分けられるかというとそうでもないのです。
話し手と聞き手が並んでいる場合の会話では、対象物はどちらも二人から同距離にあることになります。
この店に入ろうか。
⇒これは目の前にある店(特に話し手の近くにあるわけではない)に入ろうとしています。
その店に入ろうか。
⇒二人から少し離れたところにある店(特に聞き手に近いわけではない)に入ろうとしています。
あの店に入ろうか。
⇒二人からかなり離れたところにある店。
⇒そして、この場合も、話し手が入ろうとしている店を、聞き手も判っているかどうかは明確ではありません。つまり、暗黙の了解は無いけど「あの」が使われるのです。
このように「こ」「そ」「あ」は、原則として、話し手、聞き手からの距離と、両者が暗黙のうちに了解しているものに使われるのですが、そのような使われ方だけではないのです。

さらに、対象が物体ではなく事象、状況などの場合、「こ」「そ」「あ」の使い方は、awayuki_ch さんが勉強した使い方から大きく離れてきます。
1.>【あれから】数日が経ったというのに、【あの日】の情景はいまでもありありと目に浮かんでくる。
ここでの疑問は、両者(書き手と読み手)の間に、未だ暗黙の了解が無いのに、何故「あ」が使われているのかということだと思います。
awayuki_ch さんは、「こ」「そ」「あ」の使い方に自信がないあまり、「数日が経った・・・」という唐突な書き出しにしたのだと思います。
しかし、このような書き出しにしても、読んだ人は「数日っていつから数日なんだろう?」と戸惑うことになるのです。「あれから」」という言葉を入れた時と同じ影響が出てくるのです。このような文章に接した場合、読者は、何か出来事があって、その日から数日が経過したということだなと判断すると同時に、どんなことなんだろうと期待感を持って読み進めることになるのです。
そして、ここで使われる言葉としては「あれから」だけでなく、「それから」も使えるのです。
そういった意味では、「あれから」「それから」「これから」などは、読者を文章に引き込んでいくテクニックに相当するものかもしれません。

>【その日】、私はバスで帰ることにした。
>【その日】、バスで帰ってよかった。
これらも「その日」だけでなく、「あの日」「この日」などを使うことが出来るのです。
原爆が長崎に落とされた。
「あの日のことは忘れない」
「その日のことは忘れない」
「この日のことは忘れない」
私は最終回に逆転ホームランを打たれた。
「あの日のことは忘れようにも忘れられない」
「その日のことは生涯忘れないだろう」
「この日のことは昨日のことのように覚えている」
厳密に言えば微妙にニュアンスが異なるのかもしれません。しかし、どれを使っても五十歩百歩、出来事のあった日のことを指していることに変わりはありません。

上記【】で括った箇所でなぜそう(←ここの「そう」も正しい?)書かれたのか、説明していただけないでしょうか。
⇒「そうなった」は「そのようになった」ということですから正しいです。
⇒しかし、「こうなった」も、「このようになった」ということですから正しいのです。
⇒ただ「ああなった」は、「あのようになった」ということですから、第三者が行った事柄については使えますが、例文のような場合には使えません。

awayuki_ch さんが作成した会話は十分成立しますよ。(ご添削ください→ここに「ご」は不要です。「添削をお願いいたします」で良いでしょう)

A:あれから、インターネットで絵葉書をたくさん作ったんだ。全部見た?
B:うん、見た、見た。(BはAの言った「あれから」の意味がちゃんとわかる。つまり、お互いに暗黙の了解があるということ。)
C:ごめん、Aさんの言った「あれから」って何?(CはAの言った「あれから」の意味がわからなかったので、Aに聞きたくなる。)

私の疑問に思ったところは、「あれから」の「あれ」は読者にはまだわからないのに、いきなり「あれから」で文を始めると、読者の心の中に(つまり、上記の会話の中のC役に当てはまる)、『「あれから」って何?』という疑問が生じるのではないでしょうか。
⇒たしかに、この会話部分だけを取り出すと、 C の人のセリフを読者も発することになるかもしれません。しかし、ここにある「あれから」の果たす役割はとても大きいのです。
「あれから」があるだけで、A、Bという二人の間に何かがあったことが判るのです。
CがAに訊きたくなるように、読者もその先を読んでみたくなるのです。
何から何まで全てを明白にするのではなく、隠れた部分を敢えて作って興味をそそるという手法にもなると思いますが・・・・・。

文章の最初のところの「あの日」についても同じです。「あの日」って何があった日なんだろうと思って読みはじめるかもしれません。
ただ後段でその説明が書かれていなければ、読者は何が何やら判らなくなってしまいます。

ちょっと長くなってしまいましたのでこの辺にしておきます。
種類:回答
どんな人:一般人
自信:参考意見
回答日時:08/05/03 20:10
回答番号:No.19
この回答へのお礼 時雨先生、何度もありがとうございます。もう一度八年前に使っていた最初の教科書で確認しました。確かに最初は『暗黙の了解は無い「あ」』を学びました。「こ・そ・あ」の使い方を詳しくまとめていただきありがとうございます。読者を文章に引き込んでいくテクニックも習得できました。大変参考になりました。本当に有り難うございました。

回答

 

回答者:Ryo_ss Ryo_ssです。No.9の補足に対しての回答です。

“あれ”についてですが・・・。
あれ と それ は非常に近い場合があります。

それ = 話し手から遠いもの

はあっているといえばあっていますが,“あれ”も同じ意味を持っています。

あれ = 話し手から遠いもの

も成り立つのです。どちらがどう違うのかというと“それ”より“あれ”の方がやや遠いものを指します。ですから・・・

A:これと・・・それと・・・あれもいただけますか?
B:はい。こちらの3点ですね?

というような会話は日本では普通にあり得る話です。

“あれから”については分割して考えても問題はありませんが,基本的に“過去のある点から”を表す場合は“あれから”を使用しますので混乱するようならまとめて憶えても構いません。
しかし,awayuki_chさんの認識にはあまり間違いがあるようにも見えませんので,最大の疑問は“あれから”を文頭に使っても読者が疑問に思わないのは何故か?というところですね。

理由は,“あれから”の“あれ”を後の文で説明しているからです。
もっというと,“あれから〜”と始まったことで普通に思い出話をするよりも何を思い出してるのかに注意を惹きつけることが可能です。

挙げられた例文についてですが・・・

CさんはAさんの言った“あれから”にそれが何か知らないがゆえ興味を持ちましたよね?それを読者にも持たせるのです。
“あれから〜”と始まって“あれ”について説明が後にも先にもないと問題ですが,今回の作文では菊との出逢いが後から詳しく書かれてますよね?なので作文を読み終わる頃には“あれから”の“あれ”とはこれのことを言っていたのか・・・。と読者は納得しているのです。
日本人でawayuki_chさんのように“あれから”に改めて疑問を持つ人はいないと言って過言ではありませんが,無意識に疑問をもち理解・納得しているのです。
ですから,“あれから〜”と文章をはじめても大丈夫なんですよ^^

例えばおじいさんが孫に思い出話をする時
“あれからどのくらい経ったのかなぁ?”
とつぶやくと“あれから”の“あれ”を知らない子供は
“あれからって何?!早く教えて!!”
って気持ちになりますよね?
その気持ちになって欲しくて使う方法だと思っていれば好いと思います。

嫌な言い方をすれば,awayuki_chさんのような“あれ”に対する疑問や純粋な興味を一番言いたい事(菊との出逢いのエピソード)をより強く印象に残すために利用したんですよ^^;


月は私も好きです。眺めていると不思議と気持ちも落ち着きますし・・・。時間を忘れます。
夜空というのは月に限らず見ていて飽きないですね。とても面白い。
私は雲が少しあるぐらいが特に好きです。
少し曇っていると別の世界を反対側から覗いているようで想像力をかきたてられます^^

月のたとえはもっと作文を推敲し上手く効果を感じられるように使えると好いですね。
でも,伝えたい状況はawayuki_chさんとこうして接している上で私には理解できましたよ^^
種類:アドバイス
どんな人:一般人
自信:参考意見
回答日時:08/05/02 20:59
回答番号:No.18
この回答へのお礼 お礼が大変遅くなりまして申し訳ありませんでした。「あれ」について詳しく教えていただきありがとうございました。読者の注意を惹きつけることも可能なのですね。おじいさんが孫に思い出話をする例はわかりやすいと思います。私の伝えたい状況を理解していただけると聞いて嬉しいです。何度も本当にありがとうございました。

回答

 

回答者:shigure136 awayuki_ch さん こんにちは。
お礼をありがとうございます。また、補足を読ませて頂きました。
前回の回答は、締め切られてしまうかな思いながら書きましたので、私の文章だけを記しただけになりました。
awayuki_ch さんのお書きになった文章の一つ一つに対する私なりの見解を、以下に記しますのでご参考になさってください。

1.もう数日も立っていたが、その日の情景がいまでもありありと目に浮かぶ。
⇒「立って」はもちろん「経って」ですね。
⇒「もう数日も経っていたが」という表現は、「○○から数日が経過した」というように、起点を示す言葉が入るほうが自然です。
⇒そのために「あれから数日が経った」という表現を使いました。

2.この日、バスで帰ることにした。街の景色を見たかったのだ。
⇒この後に続く文章のスタイルを見ても、ここは、「私」という主語を入れるほうが良いと思います。
⇒この日、私はバスで帰ることにした。
⇒「街の景色を見たかったのだ」でも良いですし、「街の景色を見たかったからだ」とか「街の景色を間近に見たかったからだ」などでも良いと思います。
3.【バスに乗り、ちょうど窓際の席があった。】は少々おかしいです。
⇒「バスに乗り」という表現を使うのであれば、「バスに乗りあたりを見回すと、ちょうど窓際に空いてる席があった」というようになります。
⇒他の言い方では「バスに乗ると(乗り込むと)、ちょうど窓際に空いている席があった」
4.後ろから女の子の声が伝わってきた。(このような場合、「伝わってきた」はあまり使いません)
⇒後ろから女の子の声が聞こえてきた。
5.なんだか私に向かう声だ。
⇒「なんだか」と、はっきりしないけれどという表現を使っていますので、文末は「だ」と断定するのではなく、「のようだ」という表現が妥当です。
⇒「私に向かう声」は「私に向けられた声」とか「私に向かって発せられた声」など表現を変えるほうがよいでしょう。
6.窓外の風景をすでに眺め始める私は、後ろを振り向いたら、ある女子学生の照れくさい顔が目に入った。
⇒眺め始める私は、後ろを振り向いたら、顔を目に入った。という文章は成立しません。
⇒このままの表現を使うと、眺め始める私が振り向いたら顔が目に入った。という文章になります。
⇒ここで「眺め始める私」は間違いです。既に窓外を眺め始めるという動作に入っていたわけですから、【眺め始めていた私】という表現が正しいと思います。
⇒「振り向いたら」という言葉遣いより、「振り向くと」とか「振り向いてみると」という表現の方が文章としてはきれいかもしれません。
7.「クラスメートと一緒に座りたいですけど」
⇒「座りたいですけど」という言い方は少々不自然です。
⇒「座りたいのですけど」となりますが、セリフですから「座りたいんですけど」という言葉遣いが自然ではないでしょうか。
8.【私の隣のもう一人の学生姿の女の子を見ながら】という文章は全てが「の」でつながっており、非常に読みづらい文章になっています。
⇒私の隣に座っているもう一人の制服を着ている女学生を見ながら」などとすると、読みやすく、また判り易いと思います。
9.通路側の席でも窓の外が見られるし降りやすいしと思い
⇒「見られるし」は「見ることが出来るし」、「降りやすいし」は「すぐに降りられる」とか「降りるときすぐ降りられる」
10.新しい席につき、私は流れてゆく都会の景色を眺め始めた。
⇒単に「流れてゆく」だけではなく、「窓外を流れてゆく」とか「目の前を流れてゆく」、「流れるように目の前を通り過ぎてゆく」などのほうが良いとおもいます。
11.「まだ肌寒い早春のこの頃。」
⇒この文章は唐突で中途半端です。
⇒まだ肌寒い早春のこの頃に何かを感じたということだと思います。
⇒例えば、「まだ肌寒い早春のこの頃、夕闇の迫った街を行く人々は寒そうに早足で歩いている」とか、「まだ肌寒い早春のこの頃、日が落ちたばかりだというのに、夜の帳(とばり)が降り始めていた」など。
12.車窓外のネオンの光がちょいとちょいと車内に漏れてきた。
⇒ここで使われた「ちょいとちょいと」は意味不明。
⇒「ちょいと」は、人(主に女性)が近くにいる人(主に男性)を呼び止めるときに使う言葉です。
⇒「車内に漏れてきた」は、カーテンなどを引いてあるのに、その隙間から光が差し込んで来るようなときに「漏れてきた」を使います。
ここでは、まだカーテンは引いていないわけですから、「漏れてきた」ではなく、「差し込む」「入り込んでくる」などの表現でよいでしょう。
13.ふと視線を取り戻したら、
⇒視線は、「取り戻す」のではなく、「戻す」です。
⇒窓の外を見ていた視線を車内に戻すわけですから、「ふと視線を車内に戻したら」「ふと視線を車内に戻すと」
14.植物の薄いにおいがする。
⇒草花や食べ物などは、「におい」という言葉より「香り」という言葉の方が品がいいです。また、「香り」が強い場合、「濃い香り」とは言いますが、弱い香りの場合、「薄い香り」とは言わずに、「ほのかな香り」「かすかな香り」などという言い方をします。
15.車外の明かりを借り、それは薄い黄色をしている菊だとわかった。
⇒「車外の明かりを借り」で切ってしまうより以下の表現の方が自然です。
⇒車外の明かりを借りてよく見ると、それは薄い(淡い)黄色をしている菊だとわかった。
16.まさかこんなところで菊に出会ったとは。
⇒「出会った」ではなく「出会える」とか「出会えた」という表現の方が、菊と出会わせていただいたというニュアンスが醸し出され、出会いを感謝している気持が現れます。
17.私の目はすっかりその菊に奪われていた。ひたすらその菊を眺めることになった。
⇒この二文は一つにまとめる方が読みやすいです。
⇒私の目はすっかりその菊に奪われてしまい、ひたすらその菊を眺め続けることとなった。
18.花びらが一枚一枚ほんの少し内に曲がり、中央の蘂を一層一層、しっかり包んでいる。
⇒「花びらが一枚一枚」ではなく、「花びら一枚一枚が」
⇒一層一層の部分は回答文で。
19.私はただここに座っている。その薄い黄色の菊を目の前に。思う存分にその菊のすべてを心の底に、満ち溢れるのに任せた。
⇒ここに記された三つの文章も、二つ、もしくは一つにまとめる方が読みやすいでしょう。
⇒私はその淡い黄色の菊を目の前にして、ただ座っているだけだった。そして、心の底の方からその菊の全てが湧き出してきた。私はそれらが私の心に満ち溢れてくるに任せて座っていた。
⇒私はその淡い黄色の菊を前にして座って、その菊のすべてが私の心の中に満ち溢れてくるに任せていた。
20.青い空、緑の野原、きれいな水、澄んだ空気、土の匂い、さらさらの風、ぴかぴかのお日様、朝浴びた露の味までも、そこにある菊が届けてくれた。
⇒ここでは、「ぴかぴかのお日様」という言葉に違和感を覚えます。
 突然子供向けの言葉が出てきたかのような違和感です。
⇒「朝浴びた露の味」という表現も同じ様に違和感があります。
 朝、露を浴びたときに味わった味?「味」という単語が原因?
21.車窓外から漏れてきた明かりを浴び、その菊の回りに薄い黄色のかさに包まれているような気がする。
⇒「その菊の回りに」を使うのであれば、「薄い黄色のかさ出来ている」
⇒「その黄色の菊の回りが」とすれば、「薄い黄色のかさに包まれているような気がする」でかまわないでしょう。
22.「今夜、月は出ていないが。」
⇒あまり良い使い方ではないような気がします。(間違いではありません)
23.隣席の人の同意を得て、その美しい一瞬をカメラに収めた。
⇒この「同意」は「許可・許し・承諾」などのほうが良いでしょう。
⇒一緒に何かをするときは「同意」で良いのでしょうが、ここは、撮らせて頂く許可を得たわけですから「同意」より「許し」
24.カメラは自動的にフラッシュを使ったのか、
⇒カメラの意思でフラッシュを使う(焚く)わけではなく、カメラの機能としてフラッシュが自動的に焚かれるわけですから、「カメラは自動的にフラッシュが焚かれ」
25.スクリーンに出てきた菊は、
⇒スクリーンというかモニターに映し出された
26.目に迫ってくる輝かしい黄色の菊だ。
⇒実際に目に迫ってくるのではなく、「目に迫ってくるような」

少々、表現的に違和感のあるところを抽出してみました。
ご参考までに。
awayuki_ch さんから頂いたご質問には後日回答します。
がんばってくださいね。
種類:アドバイス
どんな人:一般人
自信:参考意見
回答日時:08/05/02 20:24
回答番号:No.17
この回答へのお礼この回答にお礼をつける(質問者のみ)

回答

良回答20pt

回答者:shigure136 awayuki_ch さん こんにちは。
お礼をありがとうございます。また、補足を読ませて頂きました。
前回の回答は、締め切られてしまうかな思いながら書きましたので、私の文章だけを記しただけになりました。
awayuki_ch さんのお書きになった文章の一つ一つに対する私なりの見解を、以下に記しますのでご参考になさってください。

1.もう数日も立っていたが、その日の情景がいまでもありありと目に浮かぶ。
⇒「立って」はもちろん「経って」ですね。
⇒「もう数日も経っていたが」という表現は、「○○から数日が経過した」というように、起点を示す言葉が入るほうが自然です。
⇒そのために「あれから数日が経った」という表現を使いました。

2.この日、バスで帰ることにした。街の景色を見たかったのだ。
⇒この後に続く文章のスタイルを見ても、ここは、「私」という主語を入れるほうが良いと思います。
⇒この日、私はバスで帰ることにした。
⇒「街の景色を見たかったのだ」でも良いですし、「街の景色を見たかったからだ」とか「街の景色を間近に見たかったからだ」などでも良いと思います。
3.【バスに乗り、ちょうど窓際の席があった。】は少々おかしいです。
⇒「バスに乗り」という表現を使うのであれば、「バスに乗りあたりを見回すと、ちょうど窓際に空いてる席があった」というようになります。
⇒他の言い方では「バスに乗ると(乗り込むと)、ちょうど窓際に空いている席があった」
4.後ろから女の子の声が伝わってきた。(このような場合、「伝わってきた」はあまり使いません)
⇒後ろから女の子の声が聞こえてきた。
5.なんだか私に向かう声だ。
⇒「なんだか」と、はっきりしないけれどという表現を使っていますので、文末は「だ」と断定するのではなく、「のようだ」という表現が妥当です。
⇒「私に向かう声」は「私に向けられた声」とか「私に向かって発せられた声」など表現を変えるほうがよいでしょう。
6.窓外の風景をすでに眺め始める私は、後ろを振り向いたら、ある女子学生の照れくさい顔が目に入った。
⇒眺め始める私は、後ろを振り向いたら、顔を目に入った。という文章は成立しません。
⇒このままの表現を使うと、眺め始める私が振り向いたら顔が目に入った。という文章になります。
⇒ここで「眺め始める私」は間違いです。既に窓外を眺め始めるという動作に入っていたわけですから、【眺め始めていた私】という表現が正しいと思います。
⇒「振り向いたら」という言葉遣いより、「振り向くと」とか「振り向いてみると」という表現の方が文章としてはきれいかもしれません。
7.「クラスメートと一緒に座りたいですけど」
⇒「座りたいですけど」という言い方は少々不自然です。
⇒「座りたいのですけど」となりますが、セリフですから「座りたいんですけど」という言葉遣いが自然ではないでしょうか。
8.【私の隣のもう一人の学生姿の女の子を見ながら】という文章は全てが「の」でつながっており、非常に読みづらい文章になっています。
⇒私の隣に座っているもう一人の制服を着ている女学生を見ながら」などとすると、読みやすく、また判り易いと思います。
9.通路側の席でも窓の外が見られるし降りやすいしと思い
⇒「見られるし」は「見ることが出来るし」、「降りやすいし」は「すぐに降りられる」とか「降りるときすぐ降りられる」
10.新しい席につき、私は流れてゆく都会の景色を眺め始めた。
⇒単に「流れてゆく」だけではなく、「窓外を流れてゆく」とか「目の前を流れてゆく」、「流れるように目の前を通り過ぎてゆく」などのほうが良いとおもいます。
11.「まだ肌寒い早春のこの頃。」
⇒この文章は唐突で中途半端です。
⇒まだ肌寒い早春のこの頃に何かを感じたということだと思います。
⇒例えば、「まだ肌寒い早春のこの頃、夕闇の迫った街を行く人々は寒そうに早足で歩いている」とか、「まだ肌寒い早春のこの頃、日が落ちたばかりだというのに、夜の帳(とばり)が降り始めていた」など。
12.車窓外のネオンの光がちょいとちょいと車内に漏れてきた。
⇒ここで使われた「ちょいとちょいと」は意味不明。
⇒「ちょいと」は、人(主に女性)が近くにいる人(主に男性)を呼び止めるときに使う言葉です。
⇒「車内に漏れてきた」は、カーテンなどを引いてあるのに、その隙間から光が差し込んで来るようなときに「漏れてきた」を使います。
ここでは、まだカーテンは引いていないわけですから、「漏れてきた」ではなく、「差し込む」「入り込んでくる」などの表現でよいでしょう。
13.ふと視線を取り戻したら、
⇒視線は、「取り戻す」のではなく、「戻す」です。
⇒窓の外を見ていた視線を車内に戻すわけですから、「ふと視線を車内に戻したら」「ふと視線を車内に戻すと」
14.植物の薄いにおいがする。
⇒草花や食べ物などは、「におい」という言葉より「香り」という言葉の方が品がいいです。また、「香り」が強い場合、「濃い香り」とは言いますが、弱い香りの場合、「薄い香り」とは言わずに、「ほのかな香り」「かすかな香り」などという言い方をします。
15.車外の明かりを借り、それは薄い黄色をしている菊だとわかった。
⇒「車外の明かりを借り」で切ってしまうより以下の表現の方が自然です。
⇒車外の明かりを借りてよく見ると、それは薄い(淡い)黄色をしている菊だとわかった。
16.まさかこんなところで菊に出会ったとは。
⇒「出会った」ではなく「出会える」とか「出会えた」という表現の方が、菊と出会わせていただいたというニュアンスが醸し出され、出会いを感謝している気持が現れます。
17.私の目はすっかりその菊に奪われていた。ひたすらその菊を眺めることになった。
⇒この二文は一つにまとめる方が読みやすいです。
⇒私の目はすっかりその菊に奪われてしまい、ひたすらその菊を眺め続けることとなった。
18.花びらが一枚一枚ほんの少し内に曲がり、中央の蘂を一層一層、しっかり包んでいる。
⇒「花びらが一枚一枚」ではなく、「花びら一枚一枚が」
⇒一層一層の部分は回答文で。
19.私はただここに座っている。その薄い黄色の菊を目の前に。思う存分にその菊のすべてを心の底に、満ち溢れるのに任せた。
⇒ここに記された三つの文章も、二つ、もしくは一つにまとめる方が読みやすいでしょう。
⇒私はその淡い黄色の菊を目の前にして、ただ座っているだけだった。そして、心の底の方からその菊の全てが湧き出してきた。私はそれらが私の心に満ち溢れてくるに任せて座っていた。
⇒私はその淡い黄色の菊を前にして座って、その菊のすべてが私の心の中に満ち溢れてくるに任せていた。
20.青い空、緑の野原、きれいな水、澄んだ空気、土の匂い、さらさらの風、ぴかぴかのお日様、朝浴びた露の味までも、そこにある菊が届けてくれた。
⇒ここでは、「ぴかぴかのお日様」という言葉に違和感を覚えます。
 突然子供向けの言葉が出てきたかのような違和感です。
⇒「朝浴びた露の味」という表現も同じ様に違和感があります。
 朝、露を浴びたときに味わった味?「味」という単語が原因?
21.車窓外から漏れてきた明かりを浴び、その菊の回りに薄い黄色のかさに包まれているような気がする。
⇒「その菊の回りに」を使うのであれば、「薄い黄色のかさ出来ている」
⇒「その黄色の菊の回りが」とすれば、「薄い黄色のかさに包まれているような気がする」でかまわないでしょう。
22.「今夜、月は出ていないが。」
⇒あまり良い使い方ではないような気がします。(間違いではありません)
23.隣席の人の同意を得て、その美しい一瞬をカメラに収めた。
⇒この「同意」は「許可・許し・承諾」などのほうが良いでしょう。
⇒一緒に何かをするときは「同意」で良いのでしょうが、ここは、撮らせて頂く許可を得たわけですから「同意」より「許し」
24.カメラは自動的にフラッシュを使ったのか、
⇒カメラの意思でフラッシュを使う(焚く)わけではなく、カメラの機能としてフラッシュが自動的に焚かれるわけですから、「カメラは自動的にフラッシュが焚かれ」
25.スクリーンに出てきた菊は、
⇒スクリーンというかモニターに映し出された
26.目に迫ってくる輝かしい黄色の菊だ。
⇒実際に目に迫ってくるのではなく、「目に迫ってくるような」

少々、表現的に違和感のあるところを抽出してみました。
ご参考までに。
awayuki_ch さんから頂いたご質問には後日回答します。
頑張って下さい。
種類:アドバイス
どんな人:一般人
自信:参考意見
回答日時:08/05/02 20:07
回答番号:No.16
この回答へのお礼 時雨先生、お礼が大変遅くなりまして申し訳ありませんでした。添削意見を拝見しました。丁寧にご教授くださり本当に有り難うございました。

>ここで使われた「ちょいとちょいと」は意味不明。

 「ちょいと」という表現はどこかで読んだことがあるような気がします。自分の使える単語になりたいので、使ってしまいました。不自然な使い方だと指摘してくださり、助かりました。

>⇒「朝浴びた露の味」という表現も同じ様に違和感があります。
>朝、露を浴びたときに味わった味?「味」という単語が原因?

 先生は「朝露を浴びた葉の煌き」とお書きになっています。それは美しい情景描写だと感じました。ただ、私は味覚という視点から表現したかったのです。「浴びる」は誤用かもしれません。「朝飲んだ露の味」と訂正させていただきます。

 先生の添削意見は本当に大変参考になりました。心より感謝いたします。日々精進します。

回答

 

回答者:MockTurtle こんにちは ( ^^
前回のANo.13を少し訂正します。

「通路を挟んで右斜め前の窓【際】の席」

「通路を挟んで右斜め前の窓【側】の席」

この方が聞こえがいいと思います。と言うのは・・・
日本には「窓際族」という俗語があります。これは、一応 “○○長” などの役職名は与えられていても実際には部下は一人もおらず、仕事らしい仕事も与えられない、言わば社内で飼い殺し状態に置かれた中高年サラリーマンを指す言葉です。1970年代後半にこの言葉が世間で使われるようになって以来、「窓際」にはどうもマイナーなイメージが付きまとうようになってしまいました (笑)
もちろん言葉本来の意味が変ったわけではないので、気にせず使っても構わないのですが、この場合は「通路側」の反対語という意味からも「窓側」の方が適当でしょう。


さて、質問文の添削が途中までだったので、訂正ついでに最後の部分を載せます。例によって添削と言うより「書き直し」に近いものですが、「ふ−ん、こんな言い方もあるのか」程度の参考にしてください。
ちなみに、乗合バスの中でのストロボ撮影は、他の乗客が大変迷惑します。今後はやらない様に注意してくださいね ( ^^

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
ふと気がつくと、バスはもう家の最寄のバス停に近付いていた。だが、いつもは到着が待ち遠しいそのバス停に、今夜はいつまでも着いて欲しくない気分だった。
このまゝ菊と別れてしまうのは何とも名残惜しかったので、隣席の人に頼んで写真を1枚撮らせてもらった。

一瞬ストロボが閃き、続いてカメラのモニターに菊の花が映し出された。しかしその花の色は、薄暗がりの中で見ていた時のイメージとはまったく違う鮮やかな色彩を放っていた。あたかも光の束を見るかのようなその眩さに、私は思わず目を見張った。

菊は、もちろん何も言わない。が、その美しさが私の心の琴線を震わせ、それに応えて私がカメラのシャッターを切る。無言のコミュニケーションを通して私と菊とは、その時確かに魂で語り合っていたのだと思う。

今宵たまたま帰宅にバスを使おうと思ったこと、そして女学生達に声を掛けられたこと‥。結果として菊の花との一期一会の邂逅(かいこう)をもたらしてくれたそれらの偶然一つ一つに、私は「ありがとう」と感謝した。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
このパートで一番気になったのは、「その美しい一瞬をカメラに収めた」という部分です。一昔前まではこういう場合、「フィルムに収めた」と言っていました。カメラは写真を撮影するための機械装置で、画像を記録する媒体ではありませんから、「カメラに収める」にはやや違和感があります。

ただ、デジカメが主流になった現在、「CCDに収めた」や「SDカードに収めた」では日本語として様にならないので、こういう表現も致し方ないのかな?とも思いますが ( ^^;
種類:アドバイス
どんな人:一般人
自信:参考意見
回答日時:08/05/01 20:29
回答番号:No.15
この回答への補足>「通路を挟んで右斜め前の窓【側】の席」

 訂正を拝見しました。申し訳ありませんが、私の表したかった意味とはまだ違うような気がします。通路を挟まないと思います。私はAという席に座っています。Dの席のことを表したかったです。

ーー|通 |ーCーD
ーー|路 |ーAーB
この回答へのお礼 こんにちは。度々ありがとうございます。「窓際」という言葉のエピソードを聞かせていただきました。「窓側」のほうが聞こえがいいのですね。

>ちなみに、乗合バスの中でのストロボ撮影は、他の乗客が大変迷惑します。今後はやらない様に注意してくださいね ( ^^

 乗合バスの中でのストロボ撮影はめったにしません。これは他の乗客にとって大変迷惑なことなんでしょうか。知りませんでした。すみません、礼儀悪いです。勉強になりました。これから気をつけます。

 文章を書き直していただき心より感謝いたします。「その時確かに魂で語り合っていたのだと思う」はなんと人の心を震撼させる迫力のある表現でしょう。「一期一会」は心に刻み付ける、好きな言葉です。「一期一会の邂逅」は考えさせられる深い意味を持つ表現ですね。

>「CCDに収めた」や「SDカードに収めた」では日本語として様にならないので

 すみません、機械音痴です。CCDとSDカードはデジカメの中の何のものなのか、ぜんぜんわかりません…。

 ありがとうございました。

回答

 

回答者:rinaly-k >「あれ」と「あの」はお互いに暗黙の了解がある時に使う言葉だと教わりました。

確かに、会話の中で使うときはそうですね。
「あれどこにおいたっけ?」「あああれね、そこの引き出しの中よ」とか
「あの話なんだけど」「あの話はもう終わったことでしょう」
みたいな感じで、他の人が聞いたら何がなんだかわからない感じですね。

でも文章で使う場合はまた少し違ってきます。
読者はある意味、筆者と同じ側に立って文章を読みます。完全な第三者ではないですよね。筆者の心の動き等を一緒に体験しますよね。ですからこの場合「あの日」としても問題ないのです。筆者の体験した、思い出に残る「あの日」をこれから一緒に体験するんです。それは読者と筆者の暗黙の了解です。日本人で「あの日」って「どの日?」という風に感じてしまう人がいたら、それは文章を読み慣れていない人です。

日本の有名な大ヒット曲の中に「あの日あの時あの場所で君に会えなかったら」という歌詞があります。
これが「その日その時その場所で君に会えなかったら」ではおそらくあんなに売れなかったんじゃないかな?なんて思います。
「あの日」というのは「その日」よりも、その人にとってより個人的なな感じがします。

「すわりたいですけど」に関してですが、前の回答で偉そうと書きましたが、ちょっと違いました。このつながりでは日本人でしたら「すわりたいですけど」は使わないと思います。偉そうにするなら「すわりたいんですけど」でした。

「すわりたいですけど、スカートが皺になるのですわらないでおきます。」とか「すわりたいですけれど、脚を捻挫しているのですわれません」とか自分の状態を表現する場合は「すわりたいですけど」でも通じますが、人にお願いする場合は「の」が必要です。
座りたいのは自分の都合であって、相手には関係ないのにお願いする訳ですから、自分の気持ち(すわりたい)だけ言い放つのは、感じの良い話し方ではないです。

awayukiさんほど見事な日本語を書かれる方でも、難しいのですね。
中国の方が日本語を話す時、どうしてもつっけんどんな感じがするのは助詞の使い方が難しいからなのですね。悪口ではないのでお気を悪くなさらないで下さいね。長年不思議だったのです。
日本語ってややこしいですね。
種類:アドバイス
どんな人:一般人
自信:参考意見
回答日時:08/05/01 16:40
回答番号:No.14
この回答へのお礼 度々ありがとうございます。

>読者はある意味、筆者と同じ側に立って文章を読みます。完全な第三者ではないですよね。筆者の心の動き等を一緒に体験しますよね。

 なるほど。そういうことなんですね。共鳴してくれる読者に恵まれるなら、筆者にとって最高の幸せかもしれません。

 挙げられた有名な大ヒット曲は小田和正の曲ですね。私の大好きな一曲です。

 「座りたいですけど」について詳しく教えていただき嬉しいです。理解できるようになりました。

 「相手に気を使う」、「相手を傷付けないように」などなど、日本の方はいつも考えていらっしゃるのですね。これは日本語を勉強してよくわかったことです。礼儀正しい、優しい、親切などの好印象を持っております。ただ、時々度が過ぎるのではないかも感じております。どうも中国語をしゃべる時の私は日本語をしゃべる時の私より、中国語をしゃべる時の私のほうが楽で、ストレスが少ないようです。以上は私の個人の感想です。悪い意味がありません。お気を悪くなさらないで下さい。

>悪口ではないのでお気を悪くなさらないで下さいね。

 ぜんぜん気にしておりません。率直な意見がけっこう好きです。どんどん教えてくださいね。

 ありがとうございました。
 

回答

 

回答者:MockTurtle ANo.8 補足への回答です ( ^^

> 私は窓際の席のことを表したかったのです。つまり、私が座っていた
> 通路側の席の右前の席のことです。

すみません、はっきりしなかったので、その辺は適当に書きました。
“右前の席”・・・ですか。座った状態でその位置が見えるかなぁ?
それはともかく、この場合の表現は次のような感じになります。

「通路を挟んで右斜め前の窓際の席」


> バスの中に照明が無いわけではありませんが、人が少ない場合は、発
> 車したあと、運転手はよく一部の電気を消します。

そうなんですか。日本でも長距離夜行バス(東京〜大阪間など)では、最終乗車地を出て一定の時間が過ぎると消灯します。が、路線バスではそういうことは先ずありません。お国柄の違いですかね。


> 私は月の色をレモン色だと思っております。

うーん・・・ 実際に月がそういう色に見えることは、多分中国でもないんじゃないかと‥ ( ^^;
ただ、地上付近で見るお月様は、赤褐色に見えることがよくあります。それは、低高度の月はより厚い大気の層を通して見ることになるため、その中の塵や水蒸気などによって波長の短い光(青系)が拡散され届き難くなるからです。
もっとも、詩文であればあくまでイメージですから、レモン色の月があっても悪くはないと思います。日本では、青白い月光を次のように銀色に見立てることもあります。

「恋し銀座の 銀の月」
種類:アドバイス
どんな人:一般人
自信:参考意見
回答日時:08/05/01 04:13
回答番号:No.13
この回答へのお礼 度々ありがとうございます。

>お国柄の違いですかね。

 車内で新聞や本を読む人は日本よりずっと少ないと思います。電気を節約するために、いいのではないかと思ったりはします。慣れてきましたし^^。

>うーん・・・ 実際に月がそういう色に見えることは、多分中国でもないんじゃないかと‥ ( ^^;

 私は時々想像の世界で走りすぎるのかもしれません^^。

>ただ、地上付近で見るお月様は、赤褐色に見えることがよくあります。それは、低高度の月はより厚い大気の層を通して見ることになるため、その中の塵や水蒸気などによって波長の短い光(青系)が拡散され届き難くなるからです。

 地上付近でお月様を見たことがありません。赤褐色なんですか。面白いです。難しい知識ですね。教えていただきありがとうございます。

>青白い月光を次のように銀色に見立てることもあります

 わかります。月の形をするアクセサリーにもよく銀色の月が出ます。月の光を意識しながら月をその色にするのかもしれませんね。

 漢詩の中で、月の光を「水」、「地上の霜」などに喩えられたことがあります。美しい比喩だと思います。

 ありがとうございました。

回答

 

回答者:shigure136 awayuki_ch さんこんいちは。
まだ締め切られていないので、質問文の方を添削をしてみます。
1.日本語で文章を書く能力を伸びたいと思うので、作文の練習をしております。
⇒「能力を伸びたい」とは言いません。
⇒ここは「能力を伸ばしたい」
⇒次のような言い方もあります。
*日本語で文章を書く能力を伸ばしたくて、作文の練習をしています。
*日本語で文章を書く力を付けたいと思い、作文の練習をしています。
*日本語で文章を書く力を付けようと思い、作文の練習をしています。
*日本語の文章を書く力を伸ばそうと、作文の練習をしています。
*日本語の文書をもっと上手に書けるようになるために、私は作文の練習をしています。

過去形と現在形の取捨です。
⇒ここで使われている「取捨」は、「取捨選択」もしくは「選択」の方が良いのではないかと思います。
種類:アドバイス
どんな人:一般人
自信:参考意見
回答日時:08/04/29 18:04
回答番号:No.12
この回答へのお礼時雨 先生

 こんばんは。質問文を丁寧に添削して頂きありがとうございます。「日本語で文章を書く能力を伸ばしたくて」、「日本語で文章を書く力を付けたいと思い」、「日本語で文章を書く力を付けようと思い」、「日本語の文章を書く力を伸ばそうと」、「日本語の文章をもっと上手に書けるようになるために」などなど、同じ意味を表すのにいろいろな書き方がありますね。繰り返し読み覚えます。「取捨」と「選択」の意味も勉強させていただきました。ありがとうございました。これからもよろしくお願いいたします。

回答

 

回答者:Ryo_ss 永遠に着かなければ・・・ の質問が違反として削除されてしまいましたね。私も気づいていなかったです^^;
私の記憶が正しければ,回答者の誰かにお礼を述べるような状況には至ってなかっただろうと思い,私が書いた解答をコピー・補足しました。
多少お役に立てるとよいですが・・・。


“永遠に着かなければよかったのに!!”私はもうすぐこの場を離れなければならなかった。     について。

中国ではどうなのかわかりませんが・・・。
日本のバスで考えると,アナウンスが次に止まるバス停の名前を言いそれが貴女の家の最寄のバス停であった。少しずつ停留所へと近づきバスも減速し始める。本当なら料金を用意し荷物をまとめ降りるための用意をしなければならないが,私はその場を動きたくない。

といった状況を表しています。
“着かなければよかったのに!!”の一言だけを取り出すと着いてしまった後の発言(到着してしまったという動作の完了)にもなってしまいます。大きく言うとバスを降りた後でも可能な表現です。しかし,その後に“私はもうすぐこの場を離れなければならなかった。”と付け加えたことで,着いた後の発言ではなくその直前であることを促しています。


もうすぐバスを降りる。永遠に着かなければいいのに!     について。

これは書いた本人ではないので詳細は省きますが・・・
“着かなければいいのに!”という部分だけを取り出して考えると,“よかったのに”とするのと比べてまだまだその場を離れるのには余裕のある発言です。降りねばならないバス停まではまだ数回停留所を通り過ぎるだけの時間があるようにもとられます。もっというと,菊を見つけてすぐに思うことも可能なのです。しかし,その前に“もうすぐバスを降りる。”となっているので“よかったのに!”とするよりもそうあってほしいという願望の度合いが強く感じます。

切迫感だけで言うと,“永遠に着かなければよかったのに!!”の方が伝わるでしょう。“いい(よい)”が過去に変わることでそれも叶わないという部分が強調されます。その場合も今の状況を後か先に付け加えておいたほうがよいとは思いますが・・・。

要は今何処にいるのかの違いが大きく,願いがまだ少しでも叶えられるのか,もう叶わないのかの問題です。

例えば,まだ降りるまでに少なくても約一回分停留所を過ぎるだけ(前の停留所を出てすぐ等)の余裕があったのなら“着かなければいいのに!”とすればいいでしょうし,
もう次は降りなければならない(もうすぐ見える・もうバスが停止した)という状況であるなら“着かなければよかったのに!”とすればよいでしょう。

簡単ですが・・・基本的には
よかったのに=過去形→不可能(・諦め)
いいのに=現在形→(まだわずかでも)可能・願望
だと思っていれば大概の人には貴女の思いを伝えることが出来ます。

後は作者の書き方次第です。作文は沢山の文章で成り立っていますからいくらでも補足することが出来ます。叶わないとわかっていてもさらに未来への願望を残しつつ切迫感を持たしたいのなら,

私はもうバスを降りなければならなかった。“永遠に着かなければいいのに・・・。”その願いもむなしく先に見える停留場は少しずつ,しかし確実に大きくなってきていた。それでも私はこの一瞬のもつ輝きを手放したくはなかった。

とすると,叶わないとわかっていても望んでしまうが現実はそうはいかないう状況を汲み取らせることが可能になります。
もっといい例の書き方があるかもしれませんが触りだけでお許しください。

あとは・・・そうですね。どうしても気になるのであれば・・・貴女が,それを思ったときバス停に着いたと思ったのか着くと思ったのかで判断すればよいと思いますよ。

長くなりましたが・・・以上です。作文の添削についての質問はここでする以外なさそうですので今後は注意したほうがよさそうですね。
種類:アドバイス
どんな人:一般人
自信:参考意見
回答日時:08/04/25 19:32
回答番号:No.11
この回答へのお礼 Ryo_ssさん、お待たせいたしました。詳しく説明して頂きありがとうございました。せっかく回答していただいたのに、削除されてしまうことになって申し訳ありませんでした。削除された理由は「前回投稿した同様の質問を締め切らずに関連質問の追加情報を新たに質問として投稿すること」だそうです。補足欄を使ってほしいということです。これから気をつけます。

>叶わないとわかっていてもさらに未来への願望を残しつつ切迫感を持たしたいのなら,
>私はもうバスを降りなければならなかった。“永遠に着かなければいいのに・・・。”その願いもむなしく先に見える停留場は少しずつ,しかし確実に大きくなってきていた。それでも私はこの一瞬のもつ輝きを手放したくはなかった。
>とすると,叶わないとわかっていても望んでしまうが現実はそうはいかないう状況を汲み取らせることが可能になります。

 そういう意味に近いのかもしれません。白と黒の間で、模範解答のない「灰」という色の存在もありえるようにね。

 私は当時たぶん次のようなことを思いながら「もうすぐバスを降りる。永遠に着かなければよかった! 隣席の人の同意を得て、その美しい一瞬をカメラに収めた」という文を書いたのだと思います。「美しさはいつか終わる時を迎えるとわかっている。輝かしい極短い美しい一瞬があるからこそ、その美しさはむなしいと思わない。美しさの終わりを迎える時、自然の流れと同じように素直に受け入れたほうがいい」です。

 私たちの人生はたくさんの美しさが織りなされるものだと思います。それぞれの美しさに恵まれる極短い一瞬一瞬を大切にして精一杯生きるべきです。いまの私は1秒後の私より若い、私の両親は生きている、私の好きな人は生きているなどなど、いろいろな美しさに恵まれています。

回答

 

回答者:shigure08 awayuki_ch さん、おひさしぶりです。偶然このサイトを見て驚きました。字数制限もあることなので、添削というより、私なりに書き換えてみました。
あれから数日が経ったというのに、あの日の情景はいまでもありありと目に浮かんでくる。
その日、私はバスで帰ることにした。それは、街の景色をこの目で見たかったからだ。バスに乗り込むと、ちょうど窓際の座席が空いていた。あっ、ラッキーと心の中で叫びながら急いでシートに身を沈めた。
窓から外の景色を見始めてしばらくすると、「あの〜、すみません。席を替わってくださいませんか」という女の子の声が聞こえてきた。どうも私に向かって掛けられている声だと思い、後ろを振り返ってみた。そこには一人の女学生の照れくさそうな顔がこちらを向いていた。「友達と一緒に座りたいので替わっていただけますか」とその女学生は私の隣に座っている女の子を見ながら小さな声で言った。
通路側の席からでも窓の外の景色は見ることが出来るし、降りるときも降りやすいかと思い、「いいですよ」と私は頷きながら返事をした。

新しい席に着き、私は再び、窓の外を流れる都会の景色を眺め始めた。まだ肌寒い早春の夕方、街を彩り始めたネオンの光がキラリキラリと車内に流れ込んできた。ふと視線を車内に戻すと、私の隣の乗客の席の前に何か植物が掛けてあることに気付いた。そして、植物からはほのかな香りが漂ってきている。窓の外からの明かりを借りてその植物を見ると、それは淡い黄色に咲く菊の花だと判った。まさか、こんなところで菊に出会えるとは思ってもいなかった。
私の心はすっかりその菊に奪われてしまった。ひたすらその菊を眺めることしか出来なくなっていた。花びらの一枚一枚がほんの少し内側に曲がり、中央の蘂を大事なものを守るかのようにしっかりと包んでいる。
私はその淡い黄色の菊を目の前にして、その菊の全てが私の心の底に満ち溢れてくる感覚に身を任せて座っていた。青い空、緑の野原、きれいな水、澄んだ空気、土の匂い、そよぐ風、光溢れる太陽、そして朝露を浴びた葉の煌きまでが、そこにある菊が届けてくれているような気がした。窓外から差し込んできた明かりを浴びて、その菊の周りには淡い黄色の傘が出来ているような気がした。

もうすぐバスを降りなければならない。永遠に着かなければ良いのに!隣席の人の許しを得て美しい黄菊をカメラに収めた。カメラは自動的にフラッシュが焚かれ、モニターに映し出された菊の花は、目に迫ってくるほど輝かしい黄菊である。暗い中でよく見ることは出来なかったが、そこに私が見たのは、淡い黄菊ではなく、鮮やかな黄色に輝く美しい菊の花だった。まるで黄色い光の束のようだ。
その黄菊は私にひと言もしゃべらなかった。いや、そうではない。その一瞬に、全てのことを精一杯私にしゃべってくれたのかもしれない。無言のコミュニケーションを通して、そこにある小さな命がその命なりの「花心」を私に教えてくれたのだ。

その日、バスで帰ってよかった。女学生に会えてよかった。席を替わってあげてよかった。通路側の席に座ってよかった。隣席の人から写真を撮る許しを得られてよかった。黄菊に出会えてほんとによかった。それらの全てにありがとう。
種類:回答
どんな人:一般人
自信:参考意見
回答日時:08/04/25 16:12
回答番号:No.10
この回答への補足1.
>【あれから】数日が経ったというのに、【あの日】の情景はいまでもありありと目に浮かんでくる。
>【その日】、私はバスで帰ることにした。
>【その日】、バスで帰ってよかった。

こそあど系の言葉が苦手です。上記【】で括った箇所でなぜそう(←ここの「そう」も正しい?)書かれたのか、説明していただけないでしょうか。

「こそあ」の言葉について次のような感じで教わりました。

「これ」
話し手に近いもの。

「それ」
話し手から遠いもの。

「あれ」
お互いに分かるもの。暗黙の了解があるもの。

次のような会話は日本人同士の中でありえるのでしょうか。勝手に作った会話なので、不自然な日本語の表現がありましたら、ご添削ください。

A:あれから、インターネットで絵葉書をたくさん作ったんだ。全部見た?
B:うん、見た、見た。(BはAの言った「あれから」の意味がちゃんとわかる。つまり、お互いに暗黙の了解があるということ。)
C:ごめん、Aさんの言った「あれから」って何?(CはAの言った「あれから」の意味がわからなかったので、Aに聞きたくなる。)

私の疑問に思ったところは、「あれから」の「あれ」は読者にはまだわからないのに、いきなり「あれから」で文を始めると、読者の心の中に(つまり、上記の会話の中のC役に当てはまる)、『「あれから」って何?』という疑問が生じるのではないでしょうか。

文章の最初のところの「あの日」についても同じような感覚です。読者はまだ「あの日」がわかりません。つまり、読者と作者の間で暗黙の了解がないということです。読者は「あの日」ってどの日のことなのかわからなくなるでしょう。

2.
>「あの〜、すみません。席を替わってくださいませんか」
>「友達と一緒に座りたいので替わっていただけますか」とその女学生は私の隣に座っている女の子を見ながら小さな声で言った。

「替わってくださいませんか」は「替わっていただけますか」より丁寧な表現になるのでしょうか。

3.
時雨さんは全文の中にどんな時に過去形を使われたのか、どんな時に現在形を使われたのか、だいたいの選択の基準を教えていただけないでしょうか。過去のことを振り返る時、臨場感が強くなった場合、現在形を使うという私の感覚はあっているのでしょうか。

質問が多すぎて申し訳ありません。急ぎませんので、お返事はいつでもかまいません。楽しい連休をお過ごしください。
この回答へのお礼 時雨さん、ご無沙汰しております。またお会いすることができ本当にとても嬉しいです。有り難う御座いましたm(_ _)m。

 かなりの長文ですが、丁寧に書き直していただきありがとうございます。特に「あっ、ラッキーと心の中で叫びながら」、「街を彩り始めたネオンの光」、「私の心はすっかりその菊に奪われてしまった。ひたすらその菊を眺めることしか出来なくなっていた」、「中央の蘂を大事なものを守るかのように」、「朝露を浴びた葉の煌き」、「淡い黄菊」などの表現方法が好きです。

 日々恵まれたたくさんの偶然性に心から感謝します。私は神様を信じませんが、言葉には言霊が宿っていることを信じます。心の中にあものを素直に出せる、いい言葉を使う人でいようと思います。でも、心がシャンとしていないとこのようなことはできません。これはいまになってよくわかりました。また日本語で作文が書けるようになり嬉しいです。これからもよろしくお願い致しますm(_ _)m。

回答

 

回答者:Ryo_ss NO.3のRyo_ssです。
お礼・補足ありがとうございました。
ところどころ勘違いがあったようで申し訳ないです。

“あれからもう数日も経っていたが,あの日の情景がいまでもありありと浮かんでくる。”について。
ここに出てくる“あれ”は貴女が菊と出逢った日をさしています。なので
あれから=菊の花との出逢いがあった日から
次に出てくる“あの”は出逢った日そのものです。なので仮にそれが今日から一週間前の18日に起こった出来事だと仮定すると・・・
あの日=菊の花と出逢った日→18日
を指しています。なので上記の文に当てはめると
“菊の花と出逢った日からもう数日も経っていたが,出逢った日(18日)の情景が今でもありありと浮かんでくる。”
となります。ここで,こそあど言葉を使った“〜から”についての簡単な紹介をさせてもらうと

これから=今から未来    (例:今日はこれから友達と食事に行きます。)
それから=話の続きを促す  (例:それから,今度の週末は遊園地に行く予定です。)
あれから=過去のある点から (例:お母さんに言われて,あれからきちんと宿題は済ませました。)
どれから=複数ある物の中から(例:遊園地のアトラクションはどれから乗ろうか今から楽しみです。)

と言った具合でしょうか。他にもパターンはありますが今回はこの4つだけ紹介しました。

“あの日”と“その日”の違いですが・・・
あの日=過去にあるとある一日
その日=過去未来に囚われず指すとある一日
と言った感じです。なので1週間後の予定を聞かれて“ごめん!その日は無理!!”と答えることはあっても“ごめん!あの日は無理!!”と答えることは大変不自然です。
過去にある日を指す場合はどちらを使っても構いませんが,“あの”を使ったほうがより限定的だったのでそちらを使いました。

文頭に“あれから”を持ってきたこと,もしかしたら外国の方は違和感を持つかも知れませんが,私の認識が正しければ日本人の中でそこに疑問を抱く方は多分いないだろうと思います。
“あれから,もうどれくらい経ったのだろうか。しかし,私にはあの日の情景が今でもありありと浮かんでくる。”
としたらわかりやすいでしょうか?貴女がどう教わったのかわからないので,もう少し詳しく疑問に思っている貴女の考えとの矛盾点を教えていただけると助かります。


次に過去においての今を強調したくて“この日”を使うのなら全体的に出逢った日のことを書いている(貴女の書いた作文の)2〜6段落目は基本的に現在形で書いたほうがよいかと思います。
始めの文だけ簡単に直すと・・・

この日、バスで帰ることにした。街の景色を見たかったのだ。バスに乗り、ちょうど窓際の席があった。あっ、ラッキー!
>>この日はバスで帰ることにした。街の景色が見たくなったのだ。バスに乗り見渡すと,丁度窓際の席が空いている。あっ,ラッキー!

という感じです。作文の始めと終わりでその出来事が過去であったことを示しさえすれば問題なく文章を綴る事が可能です。この作文のように思い出を語る場合の言葉の形式だけ考えると
現在→過去→現在 = 過去形→過去形→過去形
現在→過去においての今→現在 = 過去形→現在形→過去形
でまとめるとよいと思います。(私は基本的には現在→過去→現在で書きました。)

“かさ”については何を表しているのか理解できず・・・。
想像に想像を重ねたところ,ネオンの光りが黄色の花びらのフィルターを通し花からその周りだけに黄色い光りの帯を届けていたのかと思いました。花のサイズも・その光景も私には知る由もなかったので,その考えが私の中の候補の中で一番自然だったのです。
考え違いを起こし,申し訳ないです。

月に例えていたのなら・・・

その菊の回りに薄い黄色のかさに包まれているような気がする。今夜、月は出ていないが。
>>菊の花は薄い黄色の暈に包まれているように見える。今宵輝くことのない月の代わりに・・・。

と言った感じの方がより伝わりやすいでしょうか・・・。ちょっといい表現が思いつかなかったのですが,“包まれているような気がする”とすると貴女が包まれているようなので,その表現を使うのならもう少し誰(何)がそうあるのかを強調したほうがよいでしょう。


中国での菊と日本の菊では持たれるイメージが大分違うようですね。
日本では,“儚い・寂しい・悲しい”といった感情的には弱いイメージの方が強いだろうと思います。日本でこの作文を発表?する場合は中国でのイメージを一言添えたほうがよさそうですね^^

大変長くなってしまいました。申し訳ないです。
種類:アドバイス
どんな人:一般人
自信:参考意見
回答日時:08/04/25 09:36
回答番号:No.9
この回答への補足>あれから=過去のある点から (例:お母さんに言われて,あれからきちんと宿題は済ませました。)

挙げられた「これから」、「それから」、「どれから」は全部理解できますが、「あれから」についてお聞きしたいところがあります。私は「あれ」と「から」を分割して意味を考えております。Ryo_ssさんの意味は、「過去のある点から」の決まった言い方は「あれから」になるということなのでしょうか。つまり、「あれ」と「から」を分けずに、「あれから」を一つの表現として覚えればそれでいいということなのでしょうか。

「こそあ」の言葉について次のような感じで教わりました。

「これ」
話し手に近いもの。

「それ」
話し手から遠いもの。

「あれ」
お互いに分かるもの。暗黙の了解があるもの。

たとえば、次のような会話は日本人同士の中でありえるのでしょうか。勝手に作った会話なので、不自然な日本語の表現がありましたら、ご添削ください。

A:あれから、インターネットで絵葉書をたくさん作ったんだ。全部見た?
B:うん、見た、見た。(BはAの言った「あれから」の意味がちゃんとわかる。つまり、お互いに暗黙の了解があるということ。)
C:ごめん、Aさんの言った「あれから」って何?(CはAの言った「あれから」の意味がわからなかったので、Aに聞きたくなる。)

私の疑問に思ったところは、「あれから」の「あれ」は読者にはまだわからないのに、いきなり「あれから」で文を始めると、読者の心の中に(つまり、上記の会話の中のC役に当てはまる)、『「あれから」って何?』という疑問が生じるのではないでしょうか。どうも私の言っている意味は日本語でうまく伝えられません。わかりにくいところがありましたら、また書き直せていただきます。

文章の最初のところの「あの日」についても同じような感覚です。読者はまだ「あの日」がわかりません。つまり、読者と作者の間で暗黙の了解がないということです。読者は「あの日」ってどの日のことなのかわからなくなるでしょう。

>“あれから,もうどれくらい経ったのだろうか。しかし,私にはあの日の情景が今でもありありと浮かんでくる。”としたらわかりやすいでしょうか?

申し訳ありませんが、文章の最初のところで「あれから」と「あの日」を使う理由はまだわかりません。

>日本でこの作文を発表?する場合は中国でのイメージを一言添えたほうがよさそうですね^^

この作文はどこでも発表しません。ただの自己満足というか、心を流れている大切な感覚を、糸を引き出すように日本語という言葉で紡ぎたいです^^。
この回答へのお礼 Ryo_ssさん、また返事が遅れて大変申し訳ありませんでした。再びご親切に説明して頂きありがとうございます。「あれから」と「あの日」について疑問に思ったところを補足させていただきました。よろしければ、もう一度説明していただけないでしょうか。「過去においての今を強調したい」場合の作文の方法を教えていただ嬉しいです。月の発想はちょっと無理にこじつけるような感じですね。そこは読み流してくださいね。私は月が好きです。月を眺めると、いつも蘇軾の有名な文「但願人長久,千里共嬋娟」を思い出されます。その比喩はこの文章の中で使いたいです。ありがとうございました。

回答

 

回答者:MockTurtle こんにちは ( ^^

暇を見て、また一部手直ししてみました。
前回と同様にほぼそっくり書き換える形になってしまったことをご容赦ください。言葉の一部のみ差替えても却って不自然な文になってしまうので、どうしてもそうせざるを得なくなってしまうのです。

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席を替わると、私は再び流れてゆく都会の景色に目を戻した。時折車窓から差込むネオンの光が車内を照らす。早春の今、まだ外の空気は肌寒い。

ふと視線を車内に移すと、通路向かいの席の前にかけられた袋から、何かの草花が顔を覗かせているのが目に留まった。微かな芳香がこちらまで漂ってくる。窓外からの明りを頼りに目を凝らして見ると、驚いたことにそれは薄い黄色の花をつけた菊だった。

今時こんな場所で菊にお目に掛かるとは‥。
季節はずれのその花に心惹かれ、私はしばし熱心に見入った。
たくさんの細い舌状花が幾重にも重なり、その一枚一枚が中央の筒状花の集団を包み込むように内側に反り返っている。
シートに身を委ねて菊を愛でる中に、私はすっかり満ち足りた気分になった。目の前の淡い黄色が、次第に私を色彩豊かなイメージの世界へと誘(いざな)う。

燦々と降り注ぐ太陽の光と澄んだ空気、青空の下では爽やかな風が緑の野原を吹き渡り、小川の水はどこまでも清らかだ。土の匂い、朝露の味までも感じられる気さえした。

今宵、空に月はない。でも私の目には、窓から差込む街灯りに照らされた菊が、あたかも月明かりを浴びているかのように美しく映った。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
バスの車内灯はなぜ点いていなかったのかや、月光の色についての認識(普通は青白い)など、疑問点は多々ありますが、細かい部分は敢えて目を瞑りました。
ただ、花の描写については看過出来ないものがあったので、その点についてだけコメントします。

菊という花の構造はちょっと複雑で、普通私達が1個の花だと思っているものは、実はたくさんの小花が集まって作る「頭状花序」というかたまりです。この文に登場する菊は、文章の感じから中央に数多くの筒状花(つつじょうか)の集団があり、その周りをやはり多数の舌状花(ぜつじょうか)が層状にぐるっと囲んでいるタイプだと思われます。
文中に「中央の蘂」とありますが、雄しべ・雌しべは中央の多数の筒状花一つ一つの中にあって極めて小さなものですから、隣の席からそれを肉眼で観察することは先ず困難だと思います。
種類:アドバイス
どんな人:一般人
自信:参考意見
回答日時:08/04/23 13:13
回答番号:No.8
この回答への補足>通路向かいの席の前にかけられた袋から

申し訳ありませんが、位置はわからなくなってしまいました。これも通路側の席なのでしょうか。私は窓際の席のことを表したかったのです。つまり、私が座っていた通路側の席の右前の席のことです。

>バスの車内灯はなぜ点いていなかったのか

私は中国にいます。バスの中に照明が無いわけではありませんが、人が少ない場合は、発車したあと、運転手はよく一部の電気を消します。

>月光の色についての認識(普通は青白い)

私は月の色をレモン色だと思っております。たぶん、好きな中国の詩人の一句「月光で暖まる女の子は傷がつかないそうだ」からの影響で。月は太陽の光を反射する。そう考えると、なぜ月は太陽のような色ではないのでしょうか。(物理学者に聞かなくちゃ…。)

>文中に「中央の蘂」とありますが、雄しべ・雌しべは中央の多数の筒状花一つ一つの中にあって極めて小さなものですから、隣の席からそれを肉眼で観察することは先ず困難だと思います。

おっしゃるような感じの菊だと思います。「中央の蘂を包む」という箇所はただの想像です。実際見えませんでした。
この回答へのお礼補足の箇所の訂正

×私は月の色をレモン色だと思っております。
○私は月光の色…

×なぜ月は太陽のような色ではないのでしょうか。
○なぜ月光は太陽の光…

 再びありがとうございます。長文なのですが、ご丁寧に添削して頂きありがとうございます。日本語がお上手な感じがします(母国語ですものね^^)。外国人の私の特に気に入った表現は、「草花」、「目を凝らして見る」、「季節はずれ」、「愛でる」、「色彩豊かなイメージの世界へと誘(いざな)う」、「燦々と降り注ぐ太陽の光」などです。月光の色と菊の蘂の箇所の描写は常識と合わないような気がします。ご意見は大変参考になりました。ありがとうございました。

回答

 

回答者:rinaly-k 日本語で文章を書く能力を伸びたいと思うので
→伸ばしたいと思うので

次の作文は自然な日本語に添削していただけませんか。
→次の作文を

その日の情景がいまでもありありと目に浮かぶ。
→あの日の情景がいまでもありありと目に浮かぶ。(一番最後の一文が「あの日」の方が良いと思ったので、こちらもそろえました。)

この日、バスで帰ることにした。
→その日、バスで帰る事にした。

バスに乗り、ちょうど窓際の席があった。
→バスに乗ると、ちょうど窓際の席が空いていた。

「あのう、すみません、席を交換していただけませんか」と後ろから女の子の声が伝わってきた。
→「あのう、すみません、席を交換していただけませんか」と後ろから女の子の声が聞こえてきた。

なんだか私に向かう声だ。
→どうやら私に向けられた声のようだ。

窓外の風景をすでに眺め始める私は、後ろを振り向いたら、ある女子学生の照れくさい顔が目に入った。
→私はすでに窓外の風景を眺め始めていたが、後ろを振り向くと、女子学生の照れくさそうな顔が目に入った。

「クラスメートと一緒に座りたいですけど」
→「もし出来たらクラスメートと一緒に座りたいのですけれど…」(すわりたいですけど、では物凄く偉そうに聞こえます)

通路側の席でも窓の外が見られるし
→通路側の席でも窓の外は見られるし(本当は窓側のほうが良く見えるけれど、通路側でもいいかな、という感じがでます)
 
ふと視線を取り戻したら、
→ふと視線を戻すと

菊に出会ったとは。
→菊に出会えるとは。

思う存分にその菊のすべてを心の底に、満ち溢れるのに任せた。
→思う存分にその菊のすべてが心の底に、満ち溢れるのに任せた。

もうすぐバスを降りる。永遠に着かなければよかった!
→もうすぐバスを降りなければならない。永遠に着かなければ良かったのに!
 
スクリーンに出てきた菊は、
→スクリーンに映し出された菊は

暗い中でよく見られないが
→暗い中でよく見えなかったが

鮮やかな黄色の菊なのだ。
→鮮やかな黄色の菊だったのだ。

その黄色の菊は私に一語もしゃべらなかった。
→その黄色の菊は私に何も語らなかった。

いや、すべてのことを精一杯、私にしゃべった。
→いや、すべてのことを精一杯、私に語りかけてきた。

その日、バスで帰ってよかった。女子学生に会ってよかった。通路側の席に座ってよかった。隣席の人から写真を撮る同意を得てよかった。黄色の菊に出会えてよかった。すべてのすべて、ありがとう。
→あの日、バスで帰ってよかった。女子学生に会えてよかった。席を替わって上げて良かった。隣席の人から写真を撮る同意を得られてよかった。黄色の菊に出会えてよかった。すべてのすべて、ありがとう。

原文はあまりいじらずに、言葉使いで気になったところを書いてみました。これが正解!と自信があるわけではないので参考程度に見てください。
この文を読んで、美しい光景が浮かびました。とても素敵な出来事だな、と感じました。
ただ、文章とは全く関係ないのですが、日本人にとって菊というのは「仏花」のイメージがあります。もし日本人向けに書いた文章だとしたら、違う花のほうがより好印象かもしれません。
種類:アドバイス
どんな人:一般人
自信:参考意見
回答日時:08/04/21 22:53
回答番号:No.7
この回答への補足>あの日の情景がいまでもありありと目に浮かぶ。(一番最後の一文が「あの日」の方が良いと思ったので、こちらもそろえました。)

「こちらもそろえた」というお考え方に興味を持っております。なぜそろえたほうが良いとお考えでしょうか。読者は最初まだ「あの日」はどの日のことなのかわからないのではないでしょうか。
この回答へのお礼 お礼が大変遅れて申し訳ありませんでした。ご親切に添削して頂きありがとうございます。「すわりたいですけど」では物凄く偉そうに聞こえるのでしょうか。「の」は語気を調整するような感じですね。それは難しいです。「通路側の席でも窓の外は見られるし」の「は」の使い方を教えていただき嬉しいです。よく理解できました。「仏花」とは、亡くなった人へ贈るお花のことなのでしょうか。中国でもお墓参りをする時、菊という花を贈りますが、菊を詠う詩と文章もいっぱいあります。ここは中日ちょっと違いますね。大変参考になりました。ありがとうございました。

回答

 

回答者:MockTurtle qa3963658への回答ついでに、その関連部分だけ添削してみます。
長文なので、さすがに全部はご容赦ください ( ^^

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
「あのう、すみません‥」
窓外の風景を眺めていると、後の席から若い女性の声が聞こえて来た。どうやら私に話し掛けているらしい。振り向くと、女学生の照れくさそうな顔がそこにあった。
「クラスメートと一緒に座りたいので、席を交換していただけませんか」
彼女は、私の隣に座っている同じ制服の女の子を見やりながら、小さな声でおずおずと言った。
「いいですよ」
私は言った。景色なら通路側からでも見えるし、どうせ間もなく降りるのだから、むしろその方が都合がよいと思った。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
申し訳ありませんが、かなり “好み” が入っています。
表現的なことは個人の好みが絡む(正解がない)ので、参考程度に読んで下さい。
このパートで私が最も気になったのは、「私」に声を掛けてた女性が相手が振り向きもしない内に続けて「席を替わってくれ」と頼んでいる点です。まあ、実際にこういう話し方をする失礼な人がいないこともありませんが、どちらかと言えば稀でしょう。普通は相手がこちらを向くのを待って要件を切り出すと思います。
種類:アドバイス
どんな人:一般人
自信:参考意見
回答日時:08/04/21 14:02
回答番号:No.6
この回答へのお礼 いつもお世話になっております。お礼が大変遅れて申し訳ありませんでした。ご丁寧に添削して頂きありがとうございます。「見やる」と「おずおず」は新しい表現です。『「私」に声を掛けてた女性が相手が振り向きもしない内に続けて「席を替わってくれ」と頼んでいる点』はおっしゃるとおりだと思います。考慮の不足でもう少し推敲したほうがいいですね。大変参考になりました。ありがとうございました。

回答

 

回答者:suunan  添削すると以下のようになります。
-----------------
私は日本語を勉強中の中国人です。文章力を伸ばしたいと思い作文の練習をしております。次の作文を添削していただけませんか。
特に難しいと感じているのは、こそあど系の言葉および過去形と現在形の選択です。質問文についても間違いがありましたら指摘してください。
よろしくお願い致します。

数日前の事だが、その情景はありありと目に浮かぶ。
その日、街の景色を見たかったのでバスで帰ることにした。
運良く窓際の席に着くことができた。
「あのう、すみません、席を交換していただけませんか」と後ろの女の子が話しかけてきた。外の風景を眺めていた私が振り向くと女子学生が照れくさい顔をして「クラスメートと一緒に座りたいので」と、私の隣のもう一人の女子学生を見ながら小さな声で言った。通路側の席でも窓の外が見られるし降りやすいしと思い、「いいですよ」と私は言った。
 
私は別の席につき、流れてゆく都会の景色を眺め始めた。まだ肌寒い早春のこの頃。車窓外のネオンの光がちょいちょいと見える。ふと視線を戻したら、隣の乗客の前の席に何か植物がかけてあることに気づいた。薄い黄色の菊だ。まさかこんなところで菊に出会うとは。
★元の文ではバスの中に照明が無い事になっている。
また、植物の匂いは最初からしていたので、見て気づいた後で
匂いを述べるのはおかしい★

私の目はすっかりその菊に奪われていた。花びらが一枚一枚ほんの少し内に曲がり、中央の蘂を一層一層、しっかり包んでいる。私はその薄い黄色の菊
菊のすべてが心に満ちるのに任せた。青い空、緑の野原、きれいな水、澄んだ空気、土の匂い、さらさらの風、ぴかぴかのお日様、朝浴びた露の味までも、そこにある菊が届けてくれた。明かりを浴びた菊は薄い黄色のかさに包まれているような気がする。★月との関係が不明★

もうすぐバスを降りる。永遠に降りたくはないが。 隣席の人の同意を得て、その美しい一瞬をカメラに収めた。自動フラッシュの効果で、スクリーンに出てきた菊は、目に迫ってくる輝かしい黄色の菊だ。薄い黄色ではなく鮮やかな黄色の菊なのだ。まるで光る束のようだ。
菊は私に一語もしゃべらなかった。いや、すべてのことを精一杯、私にしゃべった。無言のコミュニケーションを通し、そこにある小さな命がその命なりの「花心」を私に教えてくれた。

バスで帰ってよかった。女子学生に会ってよかった。通路側の席に座ってよかった。隣席の人から写真を撮る同意を得てよかった。黄色の菊に出会えてよかった。できごとのすべてに、ありがとう。
種類:回答
どんな人:一般人
自信:自信あり
回答日時:08/04/21 08:45
回答番号:No.5
この回答への補足>元の文ではバスの中に照明が無い事になっている。

私は中国にいます。バスの中に照明が無いわけではありませんが、人が少ない場合は、発車したあと、運転手はよく一部の電気を消します。

>また、植物の匂いは最初からしていたので、見て気づいた後で匂いを述べるのはおかしい

私も考えてみました。菊の匂いが非常に薄いので、嗅覚より視覚から引き出したほうが良いのではないかと思いました。

>月との関係が不明

その菊を月に喩えたかったです。月と同じような朦朧美、清淡の美しさを感じました。「かさに包まれている」は「暈がかかっている」のような意味を表したかったです。「今夜、月は出ていないが」はわかりにくい表現て申し訳ありません。これは「菊はまるで月のようだ」の間接的な表現のつもりだったと思います。つまり、後半に「菊は月の変わりにバスに出ていた」が省略されました。
この回答へのお礼 いつもお世話になっております。お礼が大変遅くなりまして申し訳ありませんでした。質問文を含め、ご親切に添削して頂きありがとうございます。大変参考になりました。ありがとうございました。

回答

 

回答者:Ryo_ss 続けてすみません。

質問文での

日本語で文章を書く能力を伸びたいと思うので、作文の練習をしております。次の作文は自然な日本語に添削していただけませんか。

の部分ですが,

日本語で文章を書く能力を伸ばしたいと思っているので,作文の練習をしております。次の作文を自然な日本語に添削していただけないでしょうか。

の方が統一性が出ると思います。
最後を“幸いです”と括られているので特にこの方がいいのではないかという印象です。

詳しくないので“印象”程度なんですが・・・。

以上です。
種類:アドバイス
どんな人:一般人
自信:参考意見
回答日時:08/04/20 02:36
回答番号:No.4
この回答へのお礼 再びありがとうございます。質問文の添削までも丁寧にして頂き心より感謝いたします。大変参考になりました。

回答

良回答10pt

回答者:Ryo_ss  あれからもう数日も経っていたが,あの日の情景がいまでもありありと浮かんでくる。

 あの日,私はバスで帰ることを思いたった。街の景色が見たかったのだ。
 バスに乗り込むと,丁度窓際の席が空いていた。“あっ,ラッキー!”私はすぐさまその席へと腰を下ろした。

 窓の外の流れる景色を眺めていた私に,とある声が降ってきた。
“あのう・・・。すみません,席を交換していただけませんか?”
どうやっても私に向けられたその声に振り向くと,照れくさそうな顔をした女子学生の姿がそこにはあった。彼女は私の隣に座っていた女子学生を見ながら
“クラスメートと一緒に座りたいんですけど・・・。”
と小さな声でつぶやいた。街の景色は通路側の席でも楽しむことは出来るし,通路側というのは降りるのには大変都合がいい。私は“いいですよ。”と軽く了承した。

 新しい席に落ち着き,私はまた窓の外へと目を移した。流れてゆくまだ肌寒さの残る早春の街並みは,都会ならではの灯りの強さだけをこのバスの中にも届け始めていた。ふとそれに気づいた私はバスの中へと視線を戻した。“植物の薄い香りがする・・・。”差し込む灯りを借りて,私は香りを辿った。私の席の斜め前。それは確かにそこにいた。“まさかこんなところでこの花と出逢うとは・・・。”

 私はすっかりそれに心奪われていた。花びら一枚一枚がほんの少しだけ内に描く曲線。中央の蘂を守るように一層一層がしっかりと包み込んでいた。薄い黄色に染まるは菊の花。私はただ思う存分にその姿が私の心の奥を満ち溢れさせることに身を委ねた。
 青い空,緑の野原,綺麗な水,澄んだ空気,土の匂い,さらさらの風,ぴかぴかのお日様,朝浴びた露の味までもそこにある菊の花が私の中へと届けてくれた。月の出ていなかったこの夜,私ただそこで,外から溢れてきた灯りを浴びた菊の薄黄色い柔らかな傘で優しく包まれている心地だった。

 “永遠に着かなければよかったのに!!”私はもうすぐこの場を離れなければならなかった。それでもこの美しい一瞬の輝きを手放したくなかった私は,隣席の人に同意を得,すぐさまシャッターを切った。
 カメラは自動的にフラッシュを焚いたのか・・・。デジタルカメラのスクリーンに映ったその菊は,迫らんばかりの輝かしい黄色を誇っていた。まるで光りの束のような鮮やかな黄色い菊は,私の求めた姿ではまるでなかった。そしてスクリーンに映るその菊は,私に一言も語りかけてはくれなかった。否,そうではなかったのだ。全てのことを精一杯私に伝えてくれていたのだ。無言のコミュニケーションを通し,目の前にあるその小さな命は彼女なりの“花心”を私に確かに教えてくれていた。

 あの日バスで帰ってよかった。女子学生に出会えてよかった。通路側の席へ移ってよかった。写真を撮る同意を得ることが出来てよかった。あの菊に出逢えてよかった・・・。
 私はあの日のことを思い出すたびに,全ての偶然へ感謝の気持ちでいっぱいになる。心から・・・いつもあの日のみんなへ“ありがとう”と・・・。


貴女の作品を元に私なりに書いてみました。
ちょっとつかみきれない表現がありましたが,そこは個人の表現の自由なのでそのままにしておきました。
書いていて気をつけた点は,貴女が過去を振り返る視点で文章を組み立てているようだったのでそれで揃えたという点でしょうか・・・。

あと,“ありありと”の表現ですが
ありあり=あたかも目の前にあるように心に感じられるさま。
なので“ありありと浮かぶ”だけで良いと思いますよ。
言葉が2重になってしまいますから・・・。

私は専門家ではないので説明できませんが,
貴女がどの視点に立って文書を書いているのかはっきりと理解していると言葉をつかみやすいのではないかと思います。

今回の文も
“現在→過去→現在”
“現在→過去の中においての今→現在”
と組み立てることも可能なので混在するとどの言葉を使えばいいのかわからなくなってしまいます。
文中の貴女がいるのはどの時間なのかメモしてみるといいかもしれませんね。

私の文ではかなり都会にお住まいの設定になっています(東京等)。
何が違うかと言うと光りが“漏れる”か“溢れる”かの違いですね。
私としては,菊の都会においての儚い強さから“溢れる”の方がしっくりきました。そぐわないようであれば申し訳ないです。
つい参加したくなり書いてしまいましたが,私の文は軽く流して他の方の意見を特に参考になさってください。

とても色鮮やかな作品でした^^
情景を思い浮かべるのが楽しかったです。
ありがとうございました。
種類:アドバイス
どんな人:一般人
自信:参考意見
回答日時:08/04/20 02:30
回答番号:No.3
この回答への補足1.「もう数日も立っていたが、その日の情景がいまでもありありと目に浮かぶ。この日、バスで帰ることにした。」

>あれからもう数日も経っていたが,あの日の情景がいまでもありありと浮かんでくる。あの日,私はバスで帰ることを思いたった。

「あれ」と「あの」はお互いに暗黙の了解がある時に使う言葉だと教わりました。ここではこういう意味がなく、読者にはわからず、作者の私だけわかっている過ぎ去った遠い日の出来事のことについて書きたいと思うので、「その日」を使いました。また、第二段落の文頭の「この日」は、意識が「現在」から、「過去」に流れてゆき、「過去においての今」(つまり、現在→過去の中においての今)に立つようになったことを表したいと思います。

Ryo_ssさんはどういうお考え方で「あれから」と二つの「あの日」を使われたのか、教えていただけないでしょうか。いきなり「あれから」から文を始めると(後ろの「あの」も)、読者の心の中に『「あれ」と「あの」はいったい何? 私にはわからないよ』という疑問が生じるのではないでしょうか。

2.「車窓外から漏れてきた明かりを浴び、その菊の回りに薄い黄色のかさに包まれているような気がする。今夜、月は出ていないが。」

>月の出ていなかったこの夜,私ただそこで,外から溢れてきた灯りを浴びた菊の薄黄色い柔らかな傘で優しく包まれている心地だった。

薄黄色い柔らかな傘も気持ちいいです^^。なぜ傘に喩えておられたのかやっとわかりました。「かさ」という言葉があったせいでしょうか^^。私の言っている「かさ」は「暈」という漢字に当てはまります。常用漢字でないので、平仮名のままにしました。

その菊を月に喩えたかったのです。「かさに包まれている」は私の心地のことを言っているのではなく、菊も月と同じように回りに「暈がかかっている」という意味です。私の書いた「包む」は誤解を招いてしまったようです。「今夜、月は出ていないが」はわかりにくいかもしれません。これは「菊はまるで月のようだ」の間接的な表現のつもりだったと思いました。つまり、後半に「菊は月の変わりにバスに出ていた」が省略されたと思います。

ということで、光が「漏れる」と「溢れる」の中では、「漏れる」でないと、「月に暈がかかる」のような効果が得られませんね。私はその菊から月と同じような朦朧美、清淡の美しさを感じました。

ちなみに、菊は中国では、象徴的な意味を持つ花です。文人精神の象徴とした「梅蘭竹菊」は中国では非常に有名ですが、日本ではあまり知られていないようですね。また、中国語に「心素如簡,人淡如菊」という言葉があります。日本語に訳すと「心は竹簡の如く素朴に、人は菊の如く淡く」のような意味です。

3.>私としては,菊の都会においての儚い強さから“溢れる”の方がしっくりきました。

このエッセーは都会のネオンの下での菊の清らかな強い命をたたえており、そしてその菊と出会ったまであったすべての出来事、人へ感謝する気持ちを表しました。
この回答へのお礼 お礼が大変遅れて申し訳ありませんでした。かなりの長文ですが、ご丁寧に添削して頂きありがとうございます。

 好きな表現が多すぎます。特に印象深いのは、「ある声が降ってきた」の「降る」、「花びら一枚一枚がほんの少しだけ内に描く曲線」の「曲線」、「シャッターを切った」の「切る」、「フラッシュを焚く」の「焚く」、「私の席の斜め前。それは確かにそこにいた」という文、「薄い黄色に染まるは菊の花」という文、「迫らんばかりの輝かしい黄色を誇っていた」という文、そして全文の最後の段落の書き方です。

 おっしゃるとおり、「現在→過去→現在」と「現在→過去の中においての今→現在」は確かに混入していると思います。振り返るとき、臨場感が強くなった時、「過去の中においての今」になりました。

 いろいろな表現を吟味するのを通して、美しい言葉の世界を案内してくださいました。大変参考になりました。本当にありがとうございました。

回答

 

回答者:mmtct もう何日も経ってしまったが、その日の情景がいまでもありありと目に浮かんでくる。 その日はバスで帰ることにした。街の景色を見たかったのだ。バスに乗りこむと、ちょうど窓際の席が空いていた。あっ、ラッキー!
席に座り窓の外を眺めていると
「あのう、すみません、席をかわっていただけませんか」と後ろから女の子の声がした。どうも私に言っているようだ。振り向くと、女子学生の照れくさそうな顔が目に入った。「クラスメートと一緒に座りたいのですが・・。」その女子学生は、私の隣にいるもう一人の学生姿の女の子を見ながら小さな声で言った。通路側の席でも窓の外は見られるし、第一降りやすい。「いいですよ」と私は言った。
新しい席につき、再び私は流れてゆく都会の景色を眺め始めた。まだ肌寒い早春のこの頃。車窓のネオンの光が時折車内に漏れてきた。ふと視線をバスの車内へ戻すと、隣の乗客の前の席に何かがかけてあることに気づいた。植物の薄いにおいがする。車外から差し込む明かりで、それは薄い黄色をしている菊だとわかった。まさかこんなところで菊に出会うとは。

 私の目はすっかりその菊に奪われた。ひたすらその菊を眺めることになった。花びらの一枚一枚がほんの少し内に曲がり、中央の蘂を一層一層、しっかりと包んでいる。私はただここに座っている。その薄い黄色の菊を目の前にして。私は思う存分、その菊のすべてを心の底に満ち溢れるのに任せた。青い空、緑の野原、きれいな水、澄んだ空気、土の匂い、さらさらの風、ぴかぴかのお日様、朝浴びた露の味までも、そこにある菊が届けてくれたかのようだった。菊は車窓から漏れてきた明かりを浴びて、薄い黄色のかさに包まれているように思えた。今夜、月は出ていないが。

 もうすぐバスを降りる。永遠に着かなければいいのに! 隣席の人の同意を得て、その美しい一瞬をカメラに収めた。カメラは自動的にフラッシュを使ったのか、スクリーンに出てきた菊は、目に迫ってくる輝かしい黄色の菊だ。暗い中ではっきりとはわからないのだが、私の見たのは薄い黄色の菊ではなく、鮮やかな黄色の菊なのだ。まるで光る束のようだ。その黄色の菊は私に一語もしゃべらなかった。いや、すべてのことを精一杯、私にしゃべった。無言のコミュニケーションを通し、そこにある小さな命がその命なりの「花心」を私に教えてくれた。

 その日、バスで帰ってよかった。女子学生に会えてよかった。通路側の席に座ってよかった。隣席の人から写真を撮る同意を得てよかった。黄色の菊に出会えてよかった。すべてのすべてに、ありがとう。

素晴らしいエッセイですね。
感激しました。

「私は思う存分、その菊のすべてを心の底に満ち溢れるのに任せた。」
という箇所はかなり英語直訳的ですがなんとなく
好きなのでこのままに。。。。
種類:アドバイス
どんな人:一般人
自信:参考意見
回答日時:08/04/20 00:15
回答番号:No.2
この回答へのお礼 お礼が遅くなりまして申し訳ありません。かなりの長文ですが、ご親切に添削していただきありがとうございます。いろいろな表現方法が習得できました。「席をかわる」、「第一降りやすい」、「時折」、「差し込む明かりで」などは私にとって新しい表現です。新鮮な感じがします。「私は思う存分、その菊のすべてを心の底に満ち溢れるのに任せた」という文はお気にいられるのでしょうか。それは中国語の直訳です。エッセー風と楽しんでいただき嬉しいです。本当にありがとうございました。大変参考になりました。

回答

 

回答者:z_574625 外国人がこれだけ書ければたいしたものですね。
何が言いたいのかは、ほぼ100%伝わってきます。

とりあえず前半部分。

文法的には正しくても、なんとなく、感覚的に、直感で直している部分もあります。



・もう数日も立っていたが → 〜経っていたがor 〜たっていたが

・女の子の声が伝わってきた。 →  〜聞こえてきた。

・なんだか私に向かう声だ。 → どうやら私に〜

・窓外の風景をすでに眺め始める私は → 〜風景を眺め(始め)ていた私は

・私は、後ろを振り向いたら、 → 私が、後ろを振り向くと、

・一緒に座りたいですけど → 〜座りたいんですけど(〜座りたいのですけど)

・もう一人の学生姿の女の子を見ながら、 → もう一人、別の女子学生〜



後半部分は他の誰かにお任せします。
種類:回答
どんな人:一般人
自信:参考意見
回答日時:08/04/19 23:56
回答番号:No.1
この回答へのお礼 早速のご回答ありがとうございます。指摘された箇所はほとんど納得できました。「どうやら」、「と」/「たら」の使い方がまだよくわからないので、整理してみます。また質問させていただくかもしれません。その時はまたよろしくお願いいたします。ありがとうございました。
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