ようこそ ゲスト さん、新規登録(無料)して気になる疑問を解決しませんか?

質問

QNo.3712715 なぜ藤原定家のこの歌に後鳥羽上皇が激怒したの?
質問者:Audrey_Carville 藤原定家は順徳天皇の内裏歌会で「野外柳」という題を述懐ふうに取り成して、禁忌の詞を含んだ歌を詠みます。

道のべの 野原の柳 したもえぬ
あはれ嘆きのけぶりくらべに

この歌が後鳥羽上皇の逆鱗に触れたそうですが、「禁忌の詞」とはこの歌のどのことばをさすのでしょうか?なぜ上皇がお怒りになったのでしょうか?
困り度:
  • 困っています
質問投稿日時:
08/01/25 17:25
この質問に対する回答は締め切られました。

回答良回答20pt

ANo.1 下記サイトの説明からすると、ご質問の歌には「常に禁忌とされる言葉が含まれている」と
いうわけではなく、「以前からの確執」があったところに、「恨みを強く込めた歌」を出したことで
怒りを買い、しかもそれが「道真の歌の本歌取」だったことで処分を下せる理由を与えてしまった、
ということのように思われます。


参考(いずれもCtrl+Fで「したもえぬ」を検索して下さい):
http://www.econ.hit-u.ac.jp/~makoto/ninnajiharu.html
(検索位置の数行前、「上の歌は」の辺りからを参照)
http://www7a.biglobe.ne.jp/~monadon/books212.htm
(同じく、「後鳥羽上皇・藤原良房・定家の時代となり」の辺りからを参照)
http://dokushin.hp.infoseek.co.jp/teika-1.htm
(同じく、「承久二年(一二二○年)」の辺りからを参照)
回答者:DexMachina
種類:アドバイス
どんな人:一般人
自信:参考意見
回答日時:
08/01/25 22:07
この回答へのお礼ありがとうございました、DexMachina さん!
実はわたしも異性に対して「したもえ」するんです(ぽっ!)